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倭国書紀
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2025.12.18 17:00
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彼らは縄文人の子孫です。そのことは最早遺伝子的に覆しようがありません。また、朝鮮半島南部は当時魏においても倭の領土と認識されていました「韓は帯方の南に在り。東西は海を以て限りとなし、南は倭と接す。方は四千里ばかり。」(魏志韓伝)。百済で話されていたのも倭国語です。当時朝鮮南部は倭国の領土だったのです。
「三国史記」や「倭国書紀」「好太王碑文」に二義を許さぬ程、明記してある。碑文には「(百済新羅を)臣下にした」とある。
だから彼らは倭国でもフツーに話せていた。北九州から出ていった倭国人たちです。
韓国は、「いや、倭国人が朝鮮語を話していたんだ!」と言い出すが、倭国に朝鮮語の痕跡など、ゼロ。なにせ朝鮮にもこの当時朝鮮語を話していた痕跡は私の知る限りない。少なくとも文字はない。
彼らは倭国語を話していたのです。倭国の使節ともフツーにはなしているのだ。 December 12, 2025
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古事記とかでは、とにかく、最初はどうであれ、このイザナギとイザナミから倭国の国が始まるわけで、やっぱり、淡路島が倭国の中心だった時代があるわけで、それは古事記に書いてある、安寧天皇の孫の和知都美が淡路島に遷宮した話だろう。つまり、狗奴國だ。
和知都美は狗奴國の初代の王で、倭國王。
で、和知都美には、ハヘイロネとハヘイロドの娘がいて、両方とも孝霊天皇の妻になっている。
ハヘイロネの別名は、「オホヤマトクニアレヒメ」、文字通り、「倭国の国を現した姫」。つまり、イザナミのことだ。
だとしたら、その夫である孝霊天皇とはイザナギのこと。
孝霊天皇と、ハヘイロネの間に生まれたのが、倭迹迹日百襲姫、日子刺肩別、吉備津彦、倭迹迹稚屋姫の四人だが、倭迹迹日百襲姫は、天照大神だし、日子刺肩別は月読、吉備津彦は、スサノヲ。
で、この3人が、そのまま、卑彌呼、男弟、狗奴國男王卑彌弓呼。
ここで、闕史八代の系譜と、記紀神話と、魏志倭人伝の登場人物画もろに繋がる。
ちなみに、この辺りの話は、倭国書紀には書かれていない。古事記にのみ残る話だ。 December 12, 2025
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柴田猪助の問い「長崎で買った九州図で薩摩 西南方にトカラ島を見つけたが、英船が寄港したのはここか」に対し、大槻玄沢の回答。「『中山伝信録』に土喝喇という地名がありますし、『倭国書紀』のなかにもしばしばその名を見ることができます」。玄沢は質問にこたえていない #江戸の通信教育 0269 https://t.co/77H1xHgRCh December 12, 2025
倭国書紀読んでみろ。
皆血気盛んだから。
戦の神だっているくらいなんだから国防装備くらいどうとも思わんだろ。
八百万の神の国なんだから。
というかこういうのは世界中でやってんぞ。 https://t.co/83sUzO1a7D December 12, 2025
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