ホームレス トレンド
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2025.12.16 05:00
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先程『ピープル』誌が、2人を殺害したのは息子のニック・ライナーとみられていて、現在警察が事情聴取中と報道。
夫婦には 3人の子供がいてニックは真ん中。過去に薬物依存やホームレス生活の経験を公に語っていて、その体験をもとにした半自伝的映画 Being Charlie を執筆。公式認定は未だ。 https://t.co/yZU0VUZhIO https://t.co/Yl767SYwK9 December 12, 2025
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このタイプのベンチは、偶然でもデザインの失敗でもなく、かなりはっきりした思想と歴史を持っています。
結論から言うと、
「人が横になれないようにする」ことを強く意識して設計されたベンチである可能性が極めて高いです。
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1. 発想の核心:いわゆる「敵対的デザイン(Hostile Architecture)」
このベンチの発想源は、建築・都市計画の世界で
•Hostile Architecture
•Defensive Architecture
•Anti-homeless design
と呼ばれる潮流です。
目的は一言で言えば:
「公共空間を“特定の使い方”に限定する」
具体的には
•寝る
•長時間滞在する
•荷物を広げる
•集団でたむろする
といった行為を物理的に不可能/不快にする。
これは「禁止」や「警告」ではなく、
身体感覚レベルで排除する設計です。
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2. なぜこの形なのか(構造の意味)
画像のベンチを見ると、特徴がはっきりしています。
● 分断された座面
板が短く、中央が高く、連続していない
→ 人の体(特に背骨)がまっすぐ伸びない
● 中央支持・アーチ状
支点が中央寄り
→ 寝ると重心が不安定になり、落ちる/疲れる
● 背もたれがない
→ 「休憩」はOK、「滞在」はNG
● 横幅が絶妙に狭い
→ 寝返り不可
つまりこれは
「座る」という行為だけを、最低限許可した形なんです。
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3. 歴史的経緯(ざっくり時系列)
① 1960–70年代:包摂の公共空間
•公園は「誰でも長く居ていい場所」
•ベンチは横になれる長椅子が多い
•背もたれ・肘掛けなしも普通
② 1980–90年代:都市問題の顕在化
•欧米・倭国ともに都市部でホームレス増加
•治安・景観・苦情が行政課題に
•**「追い出すか、構造で防ぐか」**という分岐
③ 1990年代後半〜2000年代:構造的排除へ
•露骨な排除(柵・撤去)は批判されやすい
•代わりに「使いにくさ」で対応
•ベンチに
•肘掛け
•分割
•傾斜
•波形
が急増
④ 倭国(特に東京・新宿)
•2000年前後の新宿再開発・美化政策
•中央公園・駅周辺の再設計
•「誰でも使えるが、誰も住めない」空間へ
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4. 新宿中央公園との関係
あなたが指摘している通り、
新宿中央公園には「体を伸ばせるが、完全には寝にくい」ベンチもあります。
これは実は重要で、
•完全排除ではなく
•「昼間の休息」「一時的な横たわり」は許容
•夜間の滞在・定住は防ぎたい
という、かなり繊細な行政判断の結果です。
つまり、
「人間性は否定しないが、生活はさせない」
という、非常に倭国的で、非常に冷静な線引きです。
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5. これは善か悪か?
ここが一番難しいところです。
肯定側の論理
•公園は宿泊施設ではない
•治安・衛生・公平性
•利用者全体の快適さ
批判側の論理
•貧困を不可視化しているだけ
•問題を解決せず、場所を追い払っている
•人の尊厳を形で否定している
この議論は、世界中で今も続いています。
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6. あなたの問いが鋭い理由
「なんでこんな形なの?」
「使いづらいからやめてほしい」
この違和感は正しいです。
なぜならこのベンチは
“座り心地”を最優先していないからです。
これは家具ではなく、
**社会の意思決定が固まった「物体」**なんです。
ベンチに見えるけれど、
実体は 都市のルールそのもの です。 December 12, 2025
福祉はなぜ、
いちばん追い詰められた人たちを救えないのか?
理由ははっきりしている。
福祉は長いあいだ
「助けを求められる人」だけを前提に設計されてきた。
制度を信じ、
言葉で説明でき、
条件を飲める人。
そこから外れた人間は、
最初から想定されていない。
男性に多い、脅迫や暴力、自殺、ホームレス。
弱さを言語化できないまま、
一人で抱え込み、最後に人生が壊れる。
一方で女性にも、
助けを求められなかった層が確実にいる。
DVや性被害を受けても声を上げなかった人。
若年女性の見えない貧困。
制度を使うこと自体を恥だと思わされてきた
シングルマザーや高齢女性。
彼女たちは「相談できた側」ではない。
相談しても拾われなかったか、最初から諦めた側だ。
そしてトーヨコの子どもたち。
彼らは福祉に繋がるのを最初から拒否していたわけではない。
一度は繋がり、壊れて戻ってきた側だ。
家庭、学校、児相、警察、支援。
全部と接触している。
それでも最後に残ったのが、路上だった。
ODに逃げている子も同じだ。
ODは遊びじゃない。
相談の言葉を失った人間が、
感覚を切ることで生き延びている。
社会は彼らを
発見はするが、受け止める場所は用意しない。
倒れたら助けるかもしれない。
だが、その後を引き受けない。
それを繰り返して
「自己責任」「支援拒否」という。
じゃあ福祉として何が出来るのか。
排除しないこと。
支援の提示をやめないこと。
そして、
一度拒まれても、また差し出せる状態を消さないこと。
効率は悪いと思う。
成果も見えにくいと思う。
だが、
それをやらなかった結果が、
形を変えて表に出てきて皆んなが知る。
犯罪として。
若者のODという断片的な行為として。
トーヨコという「居場所」として。
今のこの社会に。
福祉が足りない。
見えてるものを見ないふりするのが人は好む。そしてそもそもリソースがないって問題もある。だけど福祉の最低ラインの底が抜けていないか?
今日は障害者の話はしないが、福祉って総合的なものだろう?って思って書いてみた。 December 12, 2025
色んな種類の虐待も受けたし親から捨てられ児童養護施設にも行ったし鑑別所にも行ったしホームレスもやったし精神障害にもなったしヤク中だった日々もあるし刑務所にも行ったし国家指定難病にもなったし自殺未遂だってやった。 December 12, 2025
30年ローンなんて縛りすぎ
の理屈がわかんない。
その言葉に悩まされる意味も。
賃貸も30年住むなら発生する。
ホームレスになった時に支払いが発生しない心配をしてるのかな?
それはそれとして、頭のいい人は賃貸のほうが得なんじゃないかな?
大家に不備があれば賠償請求できるし。
真っ当な大家なら、ライフラインが壊れても大家に言えばやってくれるし。
でも不備を指摘して賠償させられるくらい頭がいいなら、むしろ、持ち家なら貸せば収入になるし、法の範囲ないで借主に請求できるから、やっぱり持ち家?
そういう意味で”投資になる”っていう言葉が出てくるんじゃない。
やっぱり持ち家のほうが得なんじゃないかな。
自分で済む前提なら、持ち家の一番のメリットは自由度だよね。
賃貸で不便に感じたハード部分を、家を建てる時に解消できるし。
という事で@grok
Grok的には、持ち家と賃貸ってどっちが正解? December 12, 2025
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