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議事
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2025.12.02 01:00
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文書の影
公聴会が終わると、会場の空気は嵐の目のように静まり返っていた。怒号、歓声、罵倒、疑念──それらは議事堂の外で渦を巻きながら左右に分断された波となり、ニュースサイトを炎上させている。だが内部はまるで全員が呼吸を忘れたようだった。
私は取材メモを閉じ、録音データの保存を確認して席を立とうとした時、肩にそっと触れる指があった。
「ユリ。」
名前を呼ばれた瞬間、周囲の雑音が消えた。
振り向くと、そこにはエリサ・ロヴァンがいた。
こんな場所で声をかけられるはずがない──そう思うほどの緊張感。
長官クラスが報道陣に接触する時、それは“計算”か、あるいは“警告”だ。
「時間はない。歩きながらでいい?」
返事を待たず、彼女は背を向け歩き出した。私は引き寄せられるように後を追った。
記者の勘が告げている。これは平凡な一言コメントではない。
──嵐の中心に足を踏み入れる扉だ。
「ユリ、危険だとわかっていて、あなたは今日ここに来た。それは覚悟と呼ぶべきものね。」
彼女の声は柔らかかったが、そこには火が宿っていた。
「私は国民全員に語りかけることはできない。メディアをすべて信じているわけでもない。だけど、あなたは……自分の言葉だけで書く。」
私は息を飲んだ。前から、彼女が私の記事を読んでいることは知っていた。
だが、ここまで“把握されている”とは思いもしなかった。
「私は文書の中身を公表する。約束したとおり。だけど、それだけじゃ足りない。文書は事実を照らす光。でも光だけでは、闇は消えない。」
議事堂の裏口に近づいたとき、彼女は声を少し落とした。
「文書そのものは、もう建物の外にある。」
「……どういう意味ですか?」
「万が一の時のため。国の中枢にいる者が、国の全員を裏切る可能性はある。だから保険が必要なの。」
歩きは止まらない。
まるで監視を避けるように、視線も、足取りも、会話のリズムも均一だった。
「ユリ。あなたが今日ここに来た理由──私と同じよ。真実を求める人間は、時々、互いを見つける。」
「それでも……私はただの地方紙の記者です。全国紙の看板も後ろ盾もない。」
自分でも驚くほど弱い声だった。
だが彼女は振り返らず言った。
「だから頼むの。大きな会社は止められる。けれど個人は止められない。」
出口の前で、彼女は一枚のカードキーをポケットから取り出した。
渡す──と思った瞬間、ふっと手を引っ込めた。
「……やっぱり、今渡すのは早い。」
胸の奥がざわめいた。拒絶ではない。試されているのだ。
「文書を全公開すれば、世論は割れる。国民は怒り、信念で分断される。『英雄か』『反逆者か』という次元ですらなく、『国家を守ったのは誰か』を決める戦争になる。」
「それでも出すんですね。」
「ええ。沈黙は腐敗の温床だから。」
その言葉の刹那、裏口の影から黒いスーツの男が現れ、彼女を迎えた。SPだ。
車のドアが開き、視線が交差する。
「ユリ、あなたに決められるかしら。危険を選び、それでも真実を選ぶことが。」
車が走り去る。
私はしばらく、冷たい風の中に取り残された。
ふと手を握ると、ポケットの中に“何か硬い感触”があった。
私はそんなものを入れた記憶はない。
そっと取り出す。
薄い金属製のスティック。
小さく刻まれた3文字──R-13
ゾクリ、と背筋が震えた。
周囲を見渡した。
誰かが見ている気配がある。
偶然じゃない。
触れられた“カードキー”ではなく、忍ばされた“鍵”。
私は息をのみ、急ぎ建物を離れた。
バッグの中にR-13を押し込み、早足で地下鉄階段へ向かう。
歩きながらスマホを開くと、画面はすでに戦場だった。
匿名の投稿、怒りの動画、政党の声明、証券市場の乱れ──
すべてが“まだ公開されていない文書”を軸に揺れている。
《国は真実を知るべきだ。》
《革命の始まりだ!》
《国家転覆を狙う裏切り者を許すな!》
一方、こういう声もある。
《今すぐ長官を解任しろ》
《捏造だ、虚偽だ》
《これは戦争になる》
私は画面を閉じた。
今必要なのは世論ではなく、R-13の中身だ。
地下鉄の騒音の中、思考がひとつの結論にたどり着く。
──文書は、もう外にある。
では誰が持っている?
どこに保存されている?
そして“R-13”が開示するのは、どんな鍵なのか。
ひとつだけ確実なのは──
文書の公表よりも先に、誰かがそれを“止めに動く”ということだ。
そしてその誰かは、私の存在をすでに把握している。 December 12, 2025
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