織田信長 トレンド
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2025.11.29
:0% :0% (40代/男性)
織田信長に関するポスト数は前日に比べ17%減少しました。男性の比率は9%増加し、前日に変わり40代男性の皆さんからのポストが最も多いです。前日は「歴史」に関する評判が話題でしたが、本日話題になっているキーワードは「豊臣秀吉」です。
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
🗓️鹿角画【サムライ“翌日”録】11/28
【細川忠興公ご生誕日】
※1日空きましたので“翌日”録😅
1563年(永禄6年)11月28日生
#細川忠興(ほそかわ ただおき)
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という、時の天下人すべてに仕え、現在まで続く肥後細川家の礎を築いた人物です。豊前国小倉藩初代藩主、そして肥後細川家初代でもあります。
忠興公は、とにかく気が短かったらしく“天下一短気!”と家臣に書物にも記されるほど、気性が激しかったそう。
丹後攻略戦では欺いて実の妹の嫁ぎ先の一色氏を皆殺しにしてしまうなど、残忍な面を持っていたと伝わります。
イラストの“鼻の横一文字の傷”は、その妹に恨まれて切りつけられた──という逸話から💦
…かと思えば、茶道・和歌・能楽にも通じ、
利休七哲の一人に数えられる文化人としての顔も。
さらに武具にも強いこだわりを持ち、自ら「三斎流」という具足形式を考案したというから驚きです。
もう、訳わからん武将ですね😆
でもその“極端さ”が実に面白い!魅力ありますね!
イラストの兜は、忠興公が創案した具足「三斎流」の頭形兜。
頭立には山鳥(キジ)の尾羽を束ねたものを使用しています。
立花宗茂と同じく“鳥の羽モチーフ”ですね。
この甲冑は関ケ原の戦いで勝利した際に着用していたため、
「御吉例御具足」と呼ばれ、歴代藩主・家臣の具足もこの形式を模して制作されたそうです。
まさに“縁起物の甲冑”。そしてやっぱりカッコ良き!(毎回言ってますが…💦)
【サムライ本日録】11/29も、間に合えばアップします。
間に合わなければ…また【翌日録】になります😅 November 11, 2025
18RP
京都最終の訪問先は妙覺寺
織田信長が上洛した際の定宿として利用された事で知られる歴史ある寺です。
本能寺の変が起きた日 嫡男信忠公は
ここ妙覺寺に宿泊しており本能寺へ急行しようとしましたが間に合わず
二条城へ移り壮絶な最期を遂げました。
信長の茶会をイメージしたお抹茶と菓子 https://t.co/K3q77ueQPk November 11, 2025
5RP
THE MICRO HEAD 4N'S岐阜ワンマンお疲れちゃん‼️織田信長になったつもりで極まった🥁遠方からの方も多く本当にありがとう‼️めっちゃ汗かいたな💦この汗を大阪に繋げよう‼️んだればまた🤲 November 11, 2025
3RP
今回の📺「ブラタモリ」は
🏯信長の幻の城・安土城
初めて登城したのは小6の夏休み☀️
自由研究のために1人でカメラを持って
在来線と徒歩で巡りました🚶
それから3回登城しましたが
安土城は特別な歴史浪漫を感じますね✨
もし現存していたら‥なんて夢の世界🙂
#ブラタモリ
#織田信長
#安土城 https://t.co/pIhIKpL0ke November 11, 2025
3RP
片上楽天
懐旧館 館主
戦死者の姓名埋葬地調査弔霊祭
「伊庭八郎君の墓は函館五稜郭土方歳三氏の傍に在り」
片上伸
早稲田大学文学部の教授を務め、倭国の大学で初めてロシア文学科を創設
私 遠縁
9歳から十数年
家紋伝承から歴史を解読
北畠具親(私の先祖)、北畠具教、織田信長、織田信雄
#歴史 https://t.co/q3TXxDaZn3 https://t.co/Jnt3Rut7JC November 11, 2025
2RP
今日は、小牧市制70周年記念講座
「織田信長・徳川家康の小牧山城」
で、千田嘉博先生の講座を聞いてきました。
近世城郭、城下町の原点の小牧について
とても楽しく知ることが出来ました。 https://t.co/fEm1uNOAEN November 11, 2025
2RP
【合戦解説】桶狭間合戦 〜丸根砦の戦い〜 織田 vs 今川 〜 尾張愛知郡の防衛を本格化させてきた織田信長に対し今川義元は自ら兵を率いることを決める 〜
https://t.co/fq2wN6QP7O November 11, 2025
2RP
妙覺寺(みょうかくじ)
織田信長が京都滞在中に宿所としていた西陣にある日蓮宗のお寺
シンプルな法姿園の美しさに魅了されます🍁 𓂃◌𓈒𓐍 𓈒
秋の特別拝観🍁🍂
〜12.14まで(夜間拝観有🌃)
11.27📸
#京都の紅葉
#ファインダー越しの私の世界 https://t.co/cTttpTS7Hq November 11, 2025
2RP
【#柿崎ゆうじ(@kakizakiyuji)情報】
◆キャスティングスーパーバイザー作品紹介◆
テレビ朝日
ドラマ『#仮面の忍者赤影』
@akakage_tvasahi
明日11月30日(日)深夜0:10~
『第六話』放送!!
主演 佐藤大樹 (EXILE / FANTASTICS)
総監督 三池崇史
新時代の”忍者ヒーロー”誕生!
織田信長を陰で支えた忍者達の物語
アカデミーエンターテイメントの生徒も多数出演しています。
ぜひご覧ください!
詳細▼
https://t.co/zVAJNk4Ucq
#アカデミーエンターテイメント
#タレントスクール
#カートエンターテイメント
#アカデミーエンターテイメント特別クラス
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アカデミーエンターテイメント出身、在校生の
最新情報を毎日更新中!
◆公式Instagram
https://t.co/ONHhvhmDzH
◆公式TikTok
https://t.co/tDucXfwkpP
◆公式ブログ
https://t.co/UPShfSYdRb November 11, 2025
2RP
True Record of Nobunaga (2006)
Designer: Makoto Nakajima
織田信長と反織田勢力の争いを再現したシミュレーションゲームです。
Hideyoshi's Greatest Defeat (2006)
Designer: Tadamasa Miyanaga
1592年に起きた豊臣秀吉による朝鮮出兵を詳細に描いた作品です。 https://t.co/kgWIkGUwnk https://t.co/cRTBGKzw41 November 11, 2025
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ぱぱさんがベランダから呼んだので何事?と見に行ったらNAGOYAドローンショーがやってました✨
全然知らなかったので最初の織田信長の似顔絵は撮れなかったです💦 https://t.co/pOvcy0QeRo November 11, 2025
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@mayatarou00 余談ですが、織田信長は日蓮宗の信徒だったので、日々、鏡に向かって己を見ていたと伝わりますよね。彼にとっての観心だったのでしょうかね🤔 November 11, 2025
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織田信長の幻の城「安土城」!
テレビで見たあの城跡へ、実際に訪ねてみませんか?
読売旅行の城めぐりツアーは、専門分野の先生が同行するので、詳しい解説を聞きながら見学することができます🏯
通常の観光ツアーとは違う、学びの旅です。
▼安土城跡を訪ねるツアーはこちら
https://t.co/eTyqpheomF
#安土城 #倭国100名城 #織田信長 November 11, 2025
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本日22時から「みんな大好き織田一族」の雑談配信
信長をはじめとして戦国を彩った織田一族
そんな織田一族についてお話しするぞい
雑談テーマのマロもまだまだ募集中です!!
【テーマのマロ募集中】
https://t.co/9uBwFdghAh
#おはようVtuber #織田家 #織田信長 #戦国時代 https://t.co/YZ7Vt6XIZi November 11, 2025
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栗栖野華ノ木町(くりすのはなのきちょう) 京都府京都市山科区
華蔵寺町(けぞうじまち) 群馬県伊勢崎市
嵯峨清滝一華表町(さがきよたきいっかひょうちょう) 京都府京都市右京区
嵯峨鳥居本一華表町(さがとりいもといっかひょうちょう) 京都府京都市右京区
聖護院蓮華蔵町(しょうごいんれんげぞうちょう) 京都府京都市左京区
末武上華陵(すえたけかみかりょう) 山口県下松市
精華台(せいかだい) 京都府相楽郡精華町
精華町(せいかまち) 岐阜県多治見市
大聖寺法華坊町(だいしょうじほっけぼうまち) 石川県加賀市
曇華院前町(どんげいんまえちょう) 京都府京都市中京区
華川町小豆畑(はなかわちょうあずはた) 茨城県北茨城市
華川町臼場(はなかわちょううすば) 茨城県北茨城市
華川町上小津田(はなかわちょうかみこつだ) 茨城県北茨城市
華川町車(はなかわちょうくるま) 茨城県北茨城市
華川町下小津田(はなかわちょうしもこつだ) 茨城県北茨城市
華川町下相田(はなかわちょうしもそうだ) 茨城県北茨城市
華川町中妻(はなかわちょうなかつま) 茨城県北茨城市
華川町花園(はなかわちょうはなぞの) 茨城県北茨城市
華城中央(はなぎちゅうおう) 山口県防府市
華園町(はなぞのちょう) 山口県防府市
弁華別(べんけべつ) 北海道石狩郡当別町
細畑華南(ほそばたかなん) 岐阜県岐阜市
「華」を含む地名— 36 件
「華」を含む町域名
法華(ほっけ) 愛知県名古屋市中川区
法華寺町(ほっけじちょう) 奈良県奈良市
法華西町(ほっけにしまち) 愛知県名古屋市中川区
龍華町(りゅうげちょう) 大阪府八尾市
留辺蘂町金華(るべしべちょうかねはな) 北海道北見市
礼文華(れぶんげ) 北海道虻田郡豊浦町
丹波高地の全ての山々の山頂と、それら周辺一帯。
https://t.co/AulMnPCpv9
丹波高地(たんばこうち)は、兵庫県東部・京都府・大阪府北部・滋賀県西部・福井県南西部に広がる隆起準平原。
一般に、由良川と加古川の以東の標高600 mから800 m程度までの類似した標高を有する山岳が林立する地域を指している。
丹波山地、或いは丹波高原といわれることもある。
高地の内、京都府の綾部市、京丹波町、南丹市、京都市左京区・右京区の範囲が2016年(平成28年)に京都丹波高原国定公園に指定された。
【主な山】
京都府の山
皆子山(972m)、峰床山(970m)、三国岳(959m)、愛宕山(924m)、長老ヶ岳(917m)、桟敷ヶ岳(896m)、頭巾山(871m)、千丈ヶ嶽(大江山)(833m)、三岳山(839m)、八ヶ峰(800m)、大悲山(741m)、太鼓山(683m)、ポンポン山(679m)、半国高山(670m)、弥仙山(664m)、磯砂山(661m)、鞍馬山(584m)
兵庫県の山
東床尾山(839m)、御嶽(793m)、能勢妙見山(660m)、大船山(653m)、播磨妙見山(622m)、来日岳(567m)、羽束山(524m)、播磨白山(511m)
福井県の山
野坂山(913m)、赤坂山(824m)、三十三間山(842m)、百里ヶ岳(931m)、岩篭山(765m)、大御影山(950m)、青葉山(693m)、西方ヶ岳(764m)
京都府京都市の全体と、周辺一帯。
京都府京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町にある西本願寺(龍谷山 本願寺)の境内全部と、御影堂と、周辺一帯広めで(危険度最高レベル!!!!!八咫烏最高幹部!!!!!)。
https://t.co/h7X8RajFh0
西本願寺(にしほんがんじ)は、京都市下京区本願寺門前町にある浄土真宗本願寺派の本山の寺院。
山号は龍谷山(りゅうこくざん)。
本尊は阿弥陀如来。
正式名称は龍谷山本願寺、宗教法人としての名称は本願寺である。
本願寺住職は浄土真宗本願寺派門主を兼務する。
真宗大谷派の本山である東本願寺(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。
京都市民からはお西さんの愛称でも親しまれている。
文永7年(1272年)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建された。
その後、比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した(詳細は後述「歴史」の項参照)。
2023年より銀杏と御影堂、阿弥陀堂の2つのお堂をモチーフにしたブランドロゴとともに、「人はひとり。だからこそ、ご縁を見つめたい。」をタグラインとして定めている[1]。
(中略)
【門前町の所有施設および所有地】
西本願寺伽藍配置。周囲は築地に囲まれている。
A:総門 B:御影堂門 C:阿弥陀堂門 D:御影堂 E:阿弥陀堂 F:書院 G:鐘楼 H:経蔵 I:百華園 J:滴翠園 K:太鼓楼 L:飛雲閣
御影堂門から望む総門と門前町
堀川 - 境内の東側には堀川が本願寺の天然の堀となっている。かつては実際に堀川が流れていたが、現在堀川は二条城の東側から暗渠となっているため、ここに水は流れていない。
総門(重要文化財) - 堀川通を挟んで御影堂門の正面にある。宝永8年(1711年)に南総門として作られ、門扉と左右の控柱に瓦屋根をつけた高麗門と呼ばれる作りである。堀川正面交差点東にあり、24時間開門、車両通行可能。1898年(明治31年)の類焼防止緑地(風致園)整備や1911年(明治44年)の再整備、1959年(昭和34年)の堀川通拡張工事により3度も移設されている。なお、北総門は太鼓楼付近にあったが、福井県の吉崎別院に移設されている。
伝道第三本部庁舎
龍谷ミュージアム - 本願寺派の宗門校である龍谷大学の博物館。2011年(平成23年)に開館した倭国初の仏教総合博物館である。
本願寺伝道院(重要文化財) - 1912年(明治45年)に伊東忠太の設計により、真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建てられたもの。
本願寺国際センター - 本願寺至心教堂内にある。
下間大門 - 龍谷大学大宮学舎内にあり、台所門の南側にある。大宮学舎の一帯は、かつて下間家をはじめ、本願寺に代々勤めていた関係者の住宅街であったことを物語る。
【北境内地】
花屋町通を挟んで北側にある。かつて日蓮宗大本山本圀寺があった所である。
1971年(昭和46年)に本圀寺が山科区に移転した後、1986年(昭和61年)に本願寺の境内となった。
駐車場
聞法会館 - 宿坊。
本願寺門徒会館
伝道第二本部庁舎
【文化財 国宝】
御影堂[9]
阿弥陀堂[10] 附:渡廊下、喚鐘廊下
書院(対面所及び白書院)
北能舞台
黒書院及び伝廊 2棟
飛雲閣
唐門
紙本墨画親鸞聖人像(鏡御影) 附:絹本著色親鸞聖人像(安城御影)・ 絹本著色親鸞聖人像(安城御影副本)
『観無量寿経註』 親鸞筆
『阿弥陀経註』 親鸞筆
熊野懐紙(後鳥羽天皇宸翰以下11通)附:伏見宮貞敦親王御添状1巻、飛鳥井雅章添状1巻
三十六人家集37帖、附:後奈良天皇宸翰女房奉書1幅
三十六人家集のうち「重之集」の帖末
三十六人家集のうち「重之集」の帖末
【文化財 重要文化財】
建造物
玄関、浪之間、虎之間、太鼓之間 1棟
能舞台(南能舞台)附:橋掛
浴室(黄鶴台)附:廻廊
本願寺 7棟[11][注釈 3]
経蔵
鐘楼
手水所
鼓楼
御影堂門
阿弥陀堂門
総門
附:御成門
附:目隠塀
附:築地塀 3棟
旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院) - 下京区油小路通正面下る玉本町所在[12]。
美術工芸品
絹本著色聖徳太子像
紙本著色親鸞・如信・覚如三上人像
紙本著色善信上人絵(琳阿本) 2巻
紙本著色慕帰絵詞 画隆章、隆昌、久信筆 10巻
絹本著色雪中柳鷺図(伝趙仲穆筆)
絹本著色親鸞聖人絵伝 6幅
銅鐘(梵鐘)
『歎異抄』 2巻 蓮如書写奥書
『教行信証』 6冊
『唯信抄』 親鸞筆
『浄土三経往生文類』 自筆本(略本)
尊円親王詩歌書巻 自筆本(鷹手本)
版本『浄土論註』 上下 2帖 建長8年親鸞加点奥書
『伏見天皇宸翰歌集』(99首)
『栄花物語』 15帖
恵信尼自筆書状類 覚信尼宛 10通
証如上人極官関係文書 3幅、2巻
親鸞自筆書状類(4通) 2巻
『天文日記(光教日記)』自筆本 56冊、11巻
本願寺御影堂留守職歴代譲状(18通)12巻 附 本願寺留守職相伝系図3通、光佐以下歴代譲状(6通)4巻2通
※ 典拠:2000年までの指定物件については『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。
国指定史跡
本願寺境内
国指定特別名勝・史跡
本願寺書院庭園
国指定名勝
滴翠園
京都市指定天然記念物
大銀杏
住職
→詳細は「浄土真宗本願寺派 § 歴代宗主」を参照
西本願寺の住職は、浄土真宗本願寺派の門主を代々務めている。
2024年1月時点、第25代門主釋専如(大谷光淳)が本願寺住職である。
なお、宗教法人「本願寺」としての代表役員は本願寺執行長を充てる[13]。
別院
→詳細は「浄土真宗本願寺派 § 別院・教堂」を参照
代表的な別院
吉崎別院 - 吉崎御坊跡地
名古屋別院
山科別院 - 山科本願寺跡地
津村別院(北御堂) - 真宗大谷派の南御堂と並び、門前を通る大阪市のメインストリートが御堂筋と呼ばれる所以である。
鷺森別院(鷺森本願寺) - 文明8年(1467年)に第8代宗主蓮如が建立。
広島別院 - 安芸門徒の中心道場。
四日市別院 ‐ 大分県 宇佐市
鹿児島別院 - 隠れ念仏と解禁後の鹿児島市街の布教拠点。
築地別院(築地本願寺) - 元和3年(1617年)に第12代宗主准如が西本願寺の別院として建立。2012年(平成24年)に西本願寺唯一の「直轄寺院」となり、それまでは通称だった「築地本願寺」が正式名称となったため、現在は「別院」ではなくなっている。
飛地境内
大谷本廟 - 京都市東山区五条橋東六丁目にある。親鸞の墓所で通称は「西大谷」。
日野誕生院 - 京都市伏見区日野西大道町にある。親鸞誕生の地を記念して建てられた。
角坊 - 京都市右京区山ノ内御堂殿町にある。親鸞往生の地を記念して建てられた。
別荘
三夜荘 - 京都市伏見区にあった、かつての門主の別荘。第21代門主の大谷光尊が1876年(明治9年)に建築し、木戸孝允が命名するが、老朽化のため解体された。
【年中行事】
西本願寺ホームページの「恒例法要と行事」による。
1月1日 : 修正会、元旦会
1月9日 - 16日 : 御正忌報恩講(親鸞の祥月命日)
2月7日 : 如月忌(九條武子の遺徳を偲ぶ)
春分の日前後7日間 : 春季彼岸会
4月8日 : 花まつり(灌仏会)
4月13 - 15日 : 春の法要(立教開宗記念法要、本願寺歴代住職の年回法要)
5月20 - 21日 : 宗祖降誕会
8月上旬 : 盆踊り大会
8月14 - 15日 : 盂蘭盆会
8月15日 : 戦没者追悼法要
9月18日 : 千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要(東京、国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑にて)
秋分の日前後7日間 : 秋季彼岸会
10月15 - 16日 : 龍谷会(大谷本廟報恩講法要)
10月中旬 - 11日中旬 : 献菊展
11月下旬 : 秋の法要(全国門徒総追悼法要)
12月20日 : 御煤払
12月31日 : 除夜会
京都府京都市下京区烏丸通七条上るにある東本願寺の境内全部と、御影堂と、周辺一帯広めで。(危険度最高レベル!!!!!八咫烏最高幹部!!!!!)
https://t.co/hbC4T2IYnb
東本願寺(ひがしほんがんじ)は、京都市下京区にある真宗大谷派の本山の寺院[1]。
山号はなし。
本尊は阿弥陀如来。
正式名称は真宗本廟(しんしゅうほんびょう)[2][3]である。
東本願寺の名は通称であり、西本願寺(龍谷山本願寺)に対して東に位置することに由来している。
愛称は「お東」「お東さん」。
2020年(令和2年)7月現在の門首は、大谷暢裕(修如)。
京都府京都市北区紫野大徳寺町53にある大徳寺(危険度最高レベル!!!!!八咫烏最高幹部!!!!!)と、周辺の聖地群史跡群水辺群の全地点と、それら周辺一帯広めで。
https://t.co/FsdZoviwhE
大徳寺(だいとくじ、旧字体:大德寺)は、京都市北区紫野大徳寺町にある臨済宗大徳寺派の大本山の寺院。
山号は龍宝山(りゅうほうざん)。
本尊は釈迦如来。開山は宗峰妙超(大燈国師)で、正中2年(1325年)に正式に創立されている。
京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で、境内には仏殿や法堂(はっとう)をはじめとする中心伽藍のほか、20か寺を超える塔頭が立ち並び、近世寺院の雰囲気を残している。
大徳寺は多くの名僧を輩出し、茶の湯文化とも縁が深く、倭国の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院である。
本坊および塔頭寺院には、建造物・庭園・障壁画・茶道具・中国伝来の書画など、多くの文化財を残している。
なお、大徳寺本坊は一般には非公開であり、塔頭も非公開のところが多い。
歴史
大徳寺の開祖である禅僧・宗峰妙超は、弘安5年(1282年)に播磨国(現・兵庫県)で赤松氏の家臣・浦上一国と赤松則村(円心)の姉との間に生まれた。
11歳の時、地元の大寺院である圓教寺に入り、天台宗を学ぶが、後に禅宗に目覚め、鎌倉の高峰顕日、京の南浦紹明に参禅。
南浦紹明が鎌倉の建長寺に移るに従って宗峰も鎌倉入りし、徳治2年(1307年)に師から印可を得た。
その後数年京都東山で修行を続けていた宗峰妙超は、正和4年(1315年)ないし元応元年(1319年)に叔父の赤松則村(円心)の帰依を受け、洛北紫野の地に小堂・大徳庵を建立した。
これが大徳寺の起源という。
花園上皇は宗峰に帰依し、正中2年(1325年)に大徳寺を祈願所とする院宣を発している。
寺院としての形態が整うのはこの頃からと考えられる。
後醍醐天皇も当寺を保護し、建武元年(1334年)には大徳寺を京都五山のさらに上位に位置づけるとする綸旨を発している。
また、花園天皇や光厳天皇ら歴代天皇、中御門経継、守良親王、新田義貞などの有力貴族からの寄進を受け、1333年ころには播磨、摂津、紀伊などの畿内各地に加え、信濃、下総、美濃のなど広範囲にわたって延7,600石の寺領を有していた。
しかし、建武の新政が瓦解して室町幕府が成立すると、後醍醐天皇と関係の深かった大徳寺は足利将軍家から軽んじられ、京都五山から除かれてしまった。
至徳3年(1386年)には、十刹の最下位に近い第9位となっている。
このため第二十六世養叟宗頤は、永享3年(1432年)足利政権の庇護と統制下にあって世俗化しつつあった五山十刹から離脱し、座禅修行に専心するという独自の道をとった。
五山十刹の寺院を「叢林」(そうりん)と称するのに対し、同じ臨済宗寺院でも、大徳寺や妙心寺のような在野的立場にある寺院を「林下」(りんか)という。
その後の大徳寺は、貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え、室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出した。
侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来、大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く、武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている。
また国宝の塔頭龍光院密庵(みったん)など文化財に指定された茶室も多く残る。
このため京童からは「妙心寺の算盤面」「東福寺の伽藍面」「建仁寺の学問面」などと並んで「大徳寺の茶面(ちゃづら)」と皮肉られた。
享徳2年(1453年)の火災、そして応仁の乱による被害で当初の伽藍を焼失したが、一休宗純が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興。
また、各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしている。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で織田信長が自害した後の同年10月15日には、羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われている。
翌年には秀吉によって信長の菩提寺として塔頭・総見院が創建されている。
大徳寺山門供養之偈 春屋宗园
これ以後も秀吉や諸大名から篤い帰依を受け、天正17年(1589年)には千利休によって山門・金毛閣が完成している。
利休は晩年にこの山門修築の事業を引き継いで門の上に閣を重ねて楼門を造り金毛閣を寄進した。
利休は山門を修復した後、住職の春屋宗園に山門の供養を書かせたが、それにより豊臣秀吉を怒らせたとされる。
江戸時代初期に江戸幕府の統制を受け、元住持の高僧・沢庵宗彭が紫衣事件で流罪となる圧迫を受けたが、三代将軍徳川家光が沢庵に帰依したこともあって幕府との関係ものちに回復した。
近世には「二十四塔頭、六十寮舎・子庵」あるいは「二十四塔頭、准塔頭五十九宇(「六十五宇」とも)」などと呼ばれ、末寺は25ヶ国280余寺、末寺の塔頭130余院を数えるほど栄え、朱印地は2,011石余を有した。
この広大な寺領が大徳寺の経済的基盤であったが、明治維新後の上知令によって多くを失ってしまう。
なんとか堂宇を維持するため1878年(明治11年)、塔頭13寺を合併(事実上廃絶)、4寺を切縮[1]、20寺を永続塔頭とする縮小を行う[2]ものの、寺運は栄え今日に至っている。
【境内】
勅使門、山門、仏殿、法堂がほぼ一直線に並び、これら中心伽藍の北・南・西に20か寺以上の塔頭寺院が並ぶ。
仏殿(重要文化財) - 当寺の本堂。寛文5年(1665年)に京の豪商・那波常有(なわじょうゆう)による寄進で再建された。本尊の釈迦如来坐像を祀っている。なお本尊釈迦如来坐像は、寛文年間に再建された方広寺大仏(京の大仏)の1/10サイズの模像であるとされる。方広寺を管理下に置いていた妙法院側の史料である『洛東大仏殿修覆並釈迦大像造営記』および大徳寺側の史料である『竜宝塔頭位次』によると、本尊釈迦如来坐像は、大仏製作を手掛けた仏師玄信により、大仏の試作品として製作されたが、それが時の将軍徳川家綱の手を経て、大徳寺に寄進されたものであるという(方広寺大仏再建には江戸幕府が関与していた)[3]。障壁画は海北友松の筆。天井画は狩野元信による飛天図で、文明11年(1479年)に堺の豪商・尾和宗臨の寄進で再建された以前の仏殿からの再利用である。
法堂(重要文化財) - 寛永13年(1636年)に小田原藩主稲葉正勝の遺志により、子の正則によって再建された。天井に描かれている「雲龍図」は狩野探幽35歳の作である。
経蔵(重要文化財) - 寛永13年(1636年)に那波宗旦により再建。
鐘楼(重要文化財) - 天正11年(1583年)再建。
本坊(宗務本所)
庫裏(重要文化財) - 寛永13年(1636年)頃再建。旧方丈の古材を使用している。
寝堂(重要文化財) - 茶堂とも呼ばれる。寛永7年(1630年)に長州藩の家老・益田元祥により建立。
廊下(重要文化財)
方丈(国宝) - 寛永12年(1635年)の再建で、禅宗様建築である法堂や仏殿と異なる倭国様式の建物である。方丈は正面29.8メートル、側面17.0メートル、入母屋造で桟瓦葺(本来は檜皮葺)、開祖・宗峰妙超(大燈国師)の300年遠忌を記念して建てられたもの。方丈は元来は住職の居室を指したが、後に住持の居間は別所に移転され、朝廷の勅使や幕府役人の接待や宗教行事などに用いられる空間となった。通常の方丈建築は、前後2列・左右3列の計6室を並べる平面形式が多いが、大徳寺方丈は前後2列・左右4列の計8室をもつ特異な形式で、向かって右から2列目の前後2室は、妙超の塔所(墓所)である雲門庵となっている。雲門庵の一部は方丈北面の広縁を越えて北側に突出している。妙超は自らの死後に墓所として別の寺院を建てるには及ばぬと遺言していたため、このような形式になっている。方丈の障壁画84面は狩野探幽の作。
玄関(国宝) - 寛永13年(1636年)に豪商・後藤益勝の寄進で建立された。桁行6間、梁間1間、一重、唐破風造で桟瓦葺。中心伽藍の北側に位置し、土塀に囲まれた一角にあたる。
方丈南庭(国指定史跡・特別名勝) - 枯山水庭園。天祐和尚の作庭。
唐門(国宝) - 近世初頭の四脚門。切妻造、檜皮葺。前後軒唐破風付のいわゆる向唐門。西本願寺と豊国神社の唐門とともに「桃山の三唐門」と呼ばれる。仏殿や法堂などの中心伽藍の北に位置し、方丈南の土塀に接続する。かつて唐門の位置には明智門と呼ばれる本能寺の変直後に明智光秀が寄進した銀を元手に建築された門があったが、1886年(明治19年)に明智門を南禅寺の塔頭金地院に売却したことに伴い、聚楽第から移築されたと伝わる三門西側の大慈院に通じる通りに建っていた唐門を大徳寺方丈前に移築した。なお、金地院に移築された明智門の位置にもともとあった門が、現在の豊国神社の唐門である。当寺の唐門の特徴は各所にみられる自由闊達な彫刻で、随所に龍や鯉などの彫刻が施され、一部では組物の代わりにこうした彫刻が用いられている。別名「日暮門」というのはこの門を見ていると日の暮れるのも忘れてしまうということから来ており、聚楽第故地に「日暮通」の名が残るのもこの門を由来としていると伝える。2003年(平成14年)に京都府教育委員会により解体修理が行われその際、飾り金物から「天正」の刻銘が発見されたことから、伝承通り聚楽第の遺構であることが有力視されるようになった。ただし解体修理を担った府教委担当者が断定を控えるなど、異論もある。解体修理の際、慶長八年銘の棟札が発見されそこには「越後住人村上周防守頼勝」から寄付された「官門」である旨書かれていた。これを根拠に最近、聚楽第東大手門門前にあった村上周防屋敷の「御成門(豊臣秀吉を迎えるための専用の門)」ではなかったかとする説が提出された[4]。また、日光東照宮の陽明門(日暮門)のモデルになったともいう。
方丈東庭「七五三の庭」 - 十六羅漢の庭とも呼ばれる。小堀遠州の作という。
茶室「起龍軒」
侍真寮(重要文化財) - 室町時代後期の建立。
本坊表門
近衛家墓所
近衛家歴代の墓
鐘楼 - 袴腰が漆喰で塗られている珍しい造り。
千体地蔵塚 - 約700体の石造地蔵尊が祀られている。
平康頼の墓
山門(三門、重要文化財) - 二層の山門で金毛閣と呼ばれる。連歌師・宗長の寄進で享禄2年(1529年)にまず下層のみが竣工し、天正17年(1589年)に千利休によって上層が完成すると、「金毛閣」と名付けられた。利休の恩に報いるために寺は上層に雪駄を履いた利休の木像を安置した。このため、門を通る者は利休の足下をくぐることになり、これが豊臣秀吉の怒りを買って利休切腹の一因となったと伝わる。このテキストは、千利休が住職の春屋宗園に書かせた山門の寄進の偈に関するもので、内容は「千門萬戶一時開、月斧雲斤功夫哉、據地金毛高閣上、舉揭臨濟話頭來」である。天井画の龍図は長谷川等伯の作。額「金毛閣」は雲英宗偉の筆。
勅使門(重要文化財) - 慶長年間(1596年 - 1614年)建築の御所の門を後水尾上皇より下賜され、寛永17年(1640年)に現在地に移築した。
浴室(重要文化財) - 元和8年(1622年)に京の町人・灰屋紹益(はいやじょうゆ)の寄進により再建。
南門
梶井門 - 開けずの門とも呼ばれる。もとは大徳寺の南にあった梶井門跡(現・三千院)の門。
総門
【塔頭】
大徳寺は塔頭24(うち2寺は門外)を有する[5]。
2021年現在、常時拝観可能な塔頭は龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4か院のみで、大部分の塔頭は参詣を受け付けておらず、特別拝観の類も行っていない。
徳禅寺 - 元は徹翁義亨が船岡山の東に創建した独立した一禅寺。しかし、応仁の乱で焼失し、徹翁を尊敬していた一休が現在の場所に移して再興。明治の初めには無住の寺になっていたので、農業試験場になったり、悪疫が流行したときには、臨時の隔離病棟になったこともあった。
竜翔寺 - 南浦紹明の塔所として洛西の安井に創建。1386年(至徳3年)京都十刹に列せられる。大永7年(1527年)桂川原の戦いの兵火で荒廃した後、大徳寺境内で再興。1878年(明治11年)養徳院と合併案が出るが[2]これを回避、1925年(大正14年)に山口玄洞によって旧天瑞寺跡に再建された。
如意庵 - 14世紀後半応安年中創建。何度か場所を移るが、現在のものは1973年(昭和48年)に再興されたもの。
真珠庵 - 一休宗純ゆかりの寺院で、村田珠光作と伝わる庭園(史跡・名勝)と、曾我蛇足、長谷川等伯の障壁画で知られる。
養徳院 - 応永年間に足利義満の弟・足利満詮が、祇園の側に夫人善室の菩提を弔うため創建した妙雲寺が元で、後に満詮の法名を取り将軍の許可を得て養徳院と改称。明応年間に大徳寺山内に移動。
龍源院 - 大徳寺の塔頭の中で一番古く、仏恵大円国師を開祖として能登の畠山義元・周防の大内義興・豊後の大友義親が創建。龍吟庭・東滴壷・阿吽の石庭などの庭が知られる。方丈前の石庭は昭和末期に細合喝堂和尚の監修の元造られた。
大仙院 - 常時公開の塔頭で、国宝の本堂と特別名勝・史跡の枯山水庭園で知られる。
興臨院 - 畠山義総が建立。前田利家による修理以降は前田氏の菩提寺となる。方丈の床の間は倭国で最初のものといわれる。
瑞峯院 - 大友宗麟が建立。宗教専門紙「中外日報」の創始者真渓涙骨の墓がある。
聚光院 - 三好長慶の菩提のために嫡子・三好義継が建立。狩野永徳筆の国宝障壁画で知られる。千利休の墓塔(鎌倉期の石造宝塔を転用)があることでも知られる。
総見院 - 豊臣秀吉が織田信長の菩提のために建立。1878年(明治11年)大徳寺本寺に合併されたが[2]、大正期に再興された。
黄梅院 - 織田信長が父織田信秀の菩提を弔うため建立。蒲生氏郷の墓がある。1878年(明治11年)昌林庵と合併[2]。
三玄院 - 石田三成・浅野幸長・森忠政が建立。古田織部や石田三成の墓がある。古田織部好みの茶室「篁庵」がある。1878年(明治11年)清泉寺・大源庵と合併し、龍翔寺の場所へ移動[2]。
正受院 - 里村紹巴の墓がある。
大慈院 - 立花宗茂と藤村庸軒の墓がある。
高桐院 - 常時公開の塔頭。細川氏に所縁があり、京都での肥後細川氏の菩提寺。細川忠興やその室・ガラシャなどの墓がある。その他、出雲阿国のものと伝わる墓もある。楓と灯篭だけで構成された方丈の南庭が特徴的。忠興が北野大茶湯の際に使用したという茶室「松向軒」、利休屋敷から移築したという座敷もある。1878年(明治11年)泰勝庵と合併[2]。なお、現在は、新型コロナウイルスの影響により公開休止中である。
玉林院 - 天皇や皇族の医師であった曲直瀬正琳が建立したのが始まり。戦国武将・山中鹿之介の位牌堂などがある。
大徳寺保育園
大光院 - 大和豊臣家の菩提寺。豊臣秀吉と豊臣秀保が豊臣秀長の冥福を弔う為に建立した。秀長の墓がある。1878年(明治11年)清源庵と合併[2]。
龍光院 - 非公開の塔頭。黒田長政が父・黒田如水菩提のため三回忌の折に建立。如水や正室光、長政の墓所があり、天下の三大茶室「密庵(みったん)」(国宝)が著名。福岡藩黒田氏歴代の位牌が祀られ京都に於ける同家の菩提所。茶道具など数多くの国宝・重文を有するが、完全非公開を貫いている塔頭である。他に有栖川宮家の墓所(初代・好仁親王~七代・韶仁親王)や吉川広家の墓所もある。1878年(明治11年)寸松庵・看松庵と合併[2]。
芳春院 - 加賀前田家の菩提寺。前田利家他歴代前田氏の京都における菩提寺。1878年(明治11年)高林庵と合併[2]。
孤篷庵 - 小堀遠州が龍光院内に建立。現在は移築し、茶室「忘筌(ぼうせん)」(重要文化財)が著名。境内の外、西側にある。
龍泉庵 - 明応年間創建。明治維新後廃絶したが、1958年(昭和33年)紹溪尼(佐々木ルース夫人)が日米第一禅協会倭国支部を設立し、庵を復興。
【門外塔頭2寺】
来光寺 — 創建は不詳。大徳寺170世の清浄本然禅師・清巌宗渭を中興とする。1878年(明治11年)に京都府知事に提出された塔頭統廃合の計画である「合併切縮之儀ニ付御伺」に寺名がないことから、それ以降に大徳寺塔頭に編入されたと考えられる。
雲林院 - 境内の外、南側にある。829年(天長6年)に淳和天皇の離宮として建設された「紫野院」が832年(同9年)に「雲林亭」と改称されたことに始まる。844年には院号を受けて「雲林院」と称し、常康親王から遍照に付された。のちに天台宗元慶寺の別院となり、境内での菩提講についての記述が今昔物語や大鏡に見られる。983年(永観元年)に同地に「円融寺」が建立されると、雲林院は名称のみが残る状態となるが、1706年に大徳寺291世の江西宗寛が大燈国師を開祖として再興した。
瑞雲軒 - 昭和初期に旧有栖川宮邸の二階書院部分を移築して創建された2022年の方丈修復工事にあたり、同堂にあった大燈国師像の仮安置場所になっている。。
【旧塔頭】
松源院 - 春浦宗熙開祖のもと大徳寺塔頭。元禄12年(1699年)大用庵と合併、1878年(明治11年)に徳善寺へ合併された[2]後、奈良県宇陀市に再興。
天瑞寺(廃寺) - 豊臣家の菩提寺。龍翔寺の近くにあり、秀吉の母・大政所の霊屋があった。明治11年に大徳寺本寺へ合併[2]。
金龍院(廃寺) - この寺の辺りを天狗谷と呼んでいた。1878年(明治11年)龍源院へ合併[2]。
大源庵(廃寺) - 維新の時に筑前の軍が硝煙庫として使用していた。1878年(明治11年)三玄院へ合併[2]。
【文化財 国宝】
唐門 - 1952年(昭和27年)3月指定。
方丈及び玄関 2棟(附 玄関棟札2枚) - 1956年(昭和31年)6月指定。
絹本墨画淡彩観音図・猿鶴図 - 中国南宋時代(13世紀)の絵画。牧谿筆。「観音図」の左右に「猿図」「鶴図」を配する三幅対で、寸法は「観音図」が縦171.9センチメートル、横98.4センチメートル、「猿図」は縦173.3センチメートル、横99.4センチメートル、「鶴図」は173.1センチメートル、横99.3センチメートル。足利将軍家の美術コレクションである東山御物に含まれ、駿河国今川氏の太原雪斎により大徳寺に寄進されたという。足利義満の旧蔵を示す「道有」印(観音図)、「天山」印(猿図・鶴図)が捺されている。1951年(昭和26年)6月指定。
絹本著色大燈国師像 - 開祖宗峰妙超の頂相。建武元年(1334年)の作。寸法は縦115.5センチメートル、横56.7センチメートル。宗峰妙超の頂相は数多く存在し多くは像容は共通するが、当像は中でも根本像として評価されている。1953年(昭和28年)3月指定。
虚堂智愚墨蹟(きどうちぐ ぼくせき)- 中国南宋時代(13世紀)の墨跡。寸法は縦41.7センチメートル、横120センチメートル。虚堂智愚が達磨忌に際して記した香語で、虚堂智愚は大徳寺開山宗峰妙超の師である南浦紹明のさらに師である中国僧。年代は虚堂の晩年にあたる径山興聖万寿禅寺住職時代の咸淳3年(1267年)から死去する咸淳5年までの間と推定されている。千利休高弟の山上宗二から豊臣秀長家臣桑山重晴に伝授され、大徳寺に寄進されたという。1952年(昭和27年)3月指定。
後醍醐天皇宸翰御置文 元弘三年八月廿四日 - 後醍醐天皇の宸翰。寸法は縦48.8センチメートル、横87.9センチメートル。元弘3年(1333年)8月24日の筆。内容は後醍醐天皇が大徳寺には開山宗峰妙超の門流のみを止住させる「一流相承」を認めた置文である。元弘3年5月には後醍醐天皇の倒幕運動により鎌倉幕府が滅亡し、天皇が京都に入り論功行賞を行っていた時期にあたる。大徳寺に対してはこれに前後して荘園の寄進が行われており、後醍醐天皇の宗教政策の一環であると考えられている。1951年(昭和26年)6月指定。 November 11, 2025
1RP
浄住寺じょうじゅうじ615-8276京都府京都市西京区山田開キ町9075-381-6029
常観寺じょうがんじ621-0017京都府亀岡市大井町北金岐観音下3-10771-23-3346
閑臥庵かんがあん603-8146京都府京都市北区烏丸通鞍馬口東入る278075-256-2480こちら
金剛寺こんごうじ616-0005京都府京都市西京区嵐山山田町10-2075-861-0875
聖恩寺しょうおんじ612-0067京都府京都市伏見区桃山羽柴長吉西町3075-611-2809
一様院いちよういん603-8474京都府京都市北区大宮薬師山東町16075-491-7571
法蔵寺ほうぞうじ616-8253京都府京都市右京区鳴滝泉谷町19075-463-4159こちら
薬師院やくしいん604-0014京都府京都市中京区釜座通二条上ル大黒町694075-211-1890
妙応寺みょうおうじ607-8417京都府京都市山科区御陵別所町77075-591-9736
浄心院じょうしんいん603-8474京都府京都市北区大宮薬師山東町17075-492-4660
長陽院ちょうよういん603-8474京都府京都市北区大宮薬師山東町3
正明寺しょうみょうじ529-1601滋賀県蒲生郡日野町松尾第一区5600748-52-0227
地安寺じあんじ528-0232滋賀県甲賀市土山町前野5290748-67-0545
小松寺こまつじ529-1434滋賀県東近江市五個荘平阪町2690748-48-2581
正瑞寺しょうずいじ529-1403滋賀県東近江市五個荘日吉町9350748-48-5389
福寿寺ふくじゅじ523-0022滋賀県近江八幡市馬淵町4690748-37-0688
永明寺ようめいじ521-0202滋賀県米原市柏原2433-10749-57-1180こちら
菩提禅寺ぽだいぜんじ520-3242滋賀県湖南市菩提寺18210748-74-1035
萬年寺まんねんじ520-3016滋賀県栗東市小野297077-552-0077
潮音寺ちょうおんじ529-1655滋賀県蒲生郡日野町石原10500748-52-5247
梵釋寺ぽんしゃくじ529-1521滋賀県東近江市蒲生岡本町1850748-55-2701
閑太寺かんだいじ523-0082滋賀県近江八幡市土田町11440748-33-6614
観音寺かんのんじ522-0335滋賀県犬上郡多賀町藤瀬384
景徳寺げいとくじ521-1102滋賀県彦根市下岡部町10
広慈院こうじいん522-0022滋賀県彦根市里根町271-10749-23-2960
光林寺こうりんじ522-0041滋賀県彦根市平田町8760749-22-9007
国昌寺こくしょうじ521-1111滋賀県彦根市稲里町370749-43-5924
金蔵寺こんぞうじ529-0203滋賀県伊香郡高月町磯野5280749-85-2262
西圓寺ざいえんじ521-0092滋賀県坂田郡近江町西円寺6610749-52-2168
済福寺ざいふくじ522-0033滋賀県彦根市芹川町9190749-22-3974
三学寺ざんがくじ521-0021滋賀県米原市河南278
慈恩寺じおんじ529-1445滋賀県東近江市五個荘清水鼻町272
正眼寺しょうげんじ527-0131滋賀県東近江市勝堂町368
祥光寺しょうこうじ525-0042滋賀県草津市山寺町229077-562-3940
浄光寺じょうこうじ529-1602滋賀県蒲生郡日野町河原3850748-52-1615
正宗寺しょうしゅうじ523-0082滋賀県近江八幡市土田町8220748-33-7123
成佛寺じょうぶつじ521-0023滋賀県米原市三吉184
瑞岩寺ずいがんじ528-0063滋賀県甲賀市水口町下山111
禅林寺ぜんりんじ529-1646滋賀県蒲生郡日野町猫田146
長徳寺ちょうとくじ529-1606滋賀県蒲生郡日野町寺尻1240748-52-1167
長福寺ちょうふくじ529-1601滋賀県蒲生郡日野町松尾2区1340
東照寺とうしょうじ520-2512滋賀県蒲生郡竜王町駕輿丁920748-57-0703
法雲寺ほううんじ521-1122滋賀県彦根市三津町222
松尾寺まつおじ521-0312滋賀県米原市上野1855
妙法寺みょうほうじ523-0827滋賀県近江八幡市鉄炮町170748-26-1353こちら
円光寺えんこうじ520-3037滋賀県栗東市北中小路23
三蓮寺ざんれんじ525-0014滋賀県草津市駒井沢町360
常圓寺じょうえんじ522-0038滋賀県彦根市西沼波町7030749-23-4472
宝蔵寺ほうぞうじ918-8011福井県福井市月見2丁目11-90776-35-1051
玉台寺ぎょくたいじ528-0067滋賀県甲賀市水口町山11440748-63-0313
馨林院げいりんいん529-1625滋賀県蒲生郡日野町蔵王266
十輪院じゅうりんいん520-2342滋賀県野洲市野洲903
常願寺じょうがんじ524-0041滋賀県守山市勝部2-13-16
帝釈寺たいしゃくじ520-0000滋賀県大津市石山南郷町浮気291
胎蔵寺たいぞうじ521-1223滋賀県東近江市猪子町294
東光寺とうこうじ522-0037滋賀県彦根市岡町1310749-23-0589
福泉寺ふくせんじ521-1332滋賀県蒲生郡安土町東老蘇1396
佛性寺ぶっしょうじ528-0222滋賀県甲賀市土山町平子96
宝覚寺ほうかくじ524-0214滋賀県守山市立田町1476
薬師院やくしいん525-0061滋賀県草津市北山田町785
眞聖寺しんしょうじ501-3134岐阜県岐阜市芥見2-91058-243-1835
明白寺めいはくじ509-6132岐阜県瑞浪市明世町山野内6980572-68-2845
東禅寺とうぜんじ509-7201岐阜県恵那市大井町354-210573-25-2806
寳蔵寺ほうぞうじ504-0816岐阜県各務原市蘇原東島町3-46
太寧寺たいねいじ505-0044岐阜県美濃加茂市加茂川町1-1-110574-26-0830
臨川寺りんせんじ501-3941岐阜県関市小屋名957-1
小松寺こまつじ501-3928岐阜県関市西田原14890575-24-3253
寳厳寺ほうごんじ501-1181岐阜県岐阜市雛倉792-1058-239-9734
正法寺しょうぽうじ500-8018岐阜県岐阜市大仏町8058-264-2760
常楽寺じょうらくじ501-3973岐阜県関市一ツ山町58
正渓寺しょうげいじ501-3924岐阜県関市迫間9370575-24-3316
大梅寺だいばいじ501-3303岐阜県加茂郡富加町羽生
正法寺しょうぽうじ501-3109岐阜県岐阜市向加野2-33-2
恩林寺おんりんじ506-0052岐阜県高山市下岡本町27790577-34-1245
吉祥寺きっしょうじ501-2112岐阜県山県市西深瀬1934
冷泉院れいせんいん501-3136岐阜県岐阜市芥見海戸山380582-42-3748
平蔵寺へいぞうじ504-0853岐阜県各務原市蘇原熊田町2丁目20
正福寺しょうふくじ504-0851岐阜県各務原市蘇原伊吹町2-21058-389-5737
清見寺せいげんじ509-0105岐阜県各務原市各務山の前町4-2000583-82-7825
普賢寺ふげんじ389-0201長野県北佐久郡御代田町塩野4830267-32-3770
圓通寺えんつうじ389-0204長野県北佐久郡御代田町豊昇10930267-32-4446
法城院ほうじょういん384-0307長野県佐久市湯原610
禅昌寺ぜんしょうじ384-0412長野県佐久市田口広川原151
寿福院じゅふくいん389-0517長野県東御市県3580268-63-5845
千手院せんじゅいん384-0702長野県佐久穂町穂積字崎田237
恵明寺えみょうじ381-1232長野県長野市松代町西条482026-278-4456
醍醐寺だいごじ942-0247新潟県上越市下百々409
永代寺えいたいじ387-0006長野県千曲市粟佐1450026-272-1254
高原寺こうげんじ382-0033長野県須坂市亀倉町213
観浄寺かんじょうじ396-0621長野県伊那市富県桜井46700265-78-6798
花林寺かりんじ396-0621長野県伊那市富県北林3503
不動寺ふどうじ510-0094三重県四日市市新々町2-19059-353-3628
霊山寺れいざんじ519-1412三重県伊賀市下柘植32520595-45-4680
天聖院てんしょういん510-0031三重県四日市市浜一色町14-16059-331-8017
観音寺かんのんじ510-0958三重県四日市市小古曽2丁目25-5059-347-3812
圓福寺えんぷくじ519-0162三重県亀山市住山町6600595-82-2366
医王寺いおうじ515-1412三重県松阪市飯南町粥見本郷1390
観音寺かんのんじ519-2204三重県多気郡多気町波多瀬4040598-49-3345
雲心院うんしんいん510-0237三重県鈴鹿市江島町3278
地蔵寺じぞうじ514-0074三重県津市片田長谷場町2690592-37-0588
智福寺ちふくじ510-1233三重県三重郡菰野町菰野2131059-394-4150
聖祐寺せいユうじ512-0911三重県四日市市生桑町648-1
観音寺かんのんじ519-2214三重県多気郡多気町車川146
景徳寺げいとくじ515-2343三重県松阪市小阿坂町2936番地
慈眼寺じげんじ486-0844愛知県春日井市鳥居松町1丁目400568-81-3698
大龍寺だいりゅうじ464-0046愛知県名古屋市千種区城山新町2丁目71-1052-751-8855
東輪寺とうりんじ460-0017愛知県名古屋市中区松原3丁目15-18052-331-2726
壽福寺じゅふくじ491-0101愛知県一宮市浅井町尾関字同者1320586-51-1204
廣福寺こうふくじ462-0813愛知県名古屋市北区山田町4-42-1052-911-9360
龍雲寺りょううんじ479-0852愛知県常滑市神明町2丁目410569-42-2065
真聖寺しんしょうじ453-0841愛知県名古屋市中村区稲葉地町3丁目62052-411-8688
先聖寺せんしょうじ484-0084愛知県犬山市大字犬山字南古券480568-61-1289
薬師寺やくしじ491-0914愛知県一宮市花池2丁目15-240586-45-1718
長福寺ちょうふくじ464-0004愛知県名古屋市千種区京命1丁目12-10052-771-0434
清蓮寺せいれんじ462-0865愛知県名古屋市北区下飯田町4丁目62052-913-1592
大乗寺だいじょうじ485-0012愛知県小牧市小牧原2丁目277番0568-77-6650
永福寺えいふくじ470-0344愛知県豊田市保見町御山前910565-48-2115
東禅寺とうぜんじ445-0006愛知県西尾市小島町本郷700563-52-1207
明智教会
(薬林寺)みょうちきょうかい
(やくりんじ)470-0214愛知県西加茂郡三好町明知東谷39
瑞林寺ずいりんじ416-0909静岡県富士市松岡4890545-61-1449
瑞應寺ずいおうじ259-0313神奈川県足柄下郡湯河原町鍛冶屋4400465-62-3589
普門寺ふもんじ419-0114静岡県田方郡函南町仁田546-1
紹太寺しょうたいじ250-0031神奈川県小田原市入生田3030465-22-7760こちら
白岩寺はくがんじ427-0053静岡県島田市御仮屋町99570547-36-1478
法田寺ほうでんじ416-0948静岡県富士市森島1910545-62-0032
西願寺ざいがんじ411-0934静岡県駿東郡長泉町下長窪386055-986-1411こちら
慈眼寺じげんじ250-0000神奈川県小田原市城山2-27-60465-34-0831
東光庵とうこうあん410-0013静岡県沼津市東熊堂349-10559-21-3390
聖光寺しょうこうじ422-8032静岡県静岡市駿河区有東1丁目15-35054-282-8177
円成寺えんじょうじ417-0821静岡県富士市神谷4940545-34-1252
慈祥院じしょういん416-0907静岡県富士市中島130
涼月院りょうげついん416-0909静岡県富士市松岡508-10548-63-6437
梅岡寺ばいこうじ416-0909静岡県富士市松岡1629
千手寺せんじゅじ424-0871静岡県静岡市清水区上原2丁目4-520543-45-7554
寿真庵じゅしんあん427-0029静岡県島田市日之出町3-90547-37-5934
実相寺じっそうじ258-0202神奈川県足柄上郡山北町玄倉3050465-78-3207
三観寺ざんかんじ259-1124神奈川県伊勢原市上平間143
不動寺ふどうじ434-0041静岡県浜松市浜北区平口5052053-586-3205こちら
寳林寺ほうりんじ431-1304静岡県浜松市北区細江町中川65-2053-542-1473こちら
大雄寺だいおうじ430-0808静岡県浜松市中区天神町16-43053-461-5422
長福寺ちょうふくじ435-0056静岡県浜松市東区小池町2356053-463-0372
白華寺はっかじ433-8122静岡県浜松市中区上島7丁目14-50053-471-2690
慈雲寺じうんじ431-1204静岡県浜松市西区白洲町3472-1053-487-1350
實性寺じっしょうじ431-3124静岡県浜松市東区半田町3382
弘福寺こうふくじ131-0033東京都墨田区向島5-3-203-3622-4889
圓成院えんじょういん187-0002東京都小平市花小金井1-6-29042-461-1126
洞雲寺とううんじ171-0014東京都豊島区池袋3-5-3003-3971-2374
禅林寺ぜんりんじ181-0013東京都三鷹市下連雀4-18-200422-44-8365こちら
祥應寺しょうおうじ185-0011東京都国分寺市本多4-2-2042-321-0523こちら
廣済寺こうざいじ134-0003東京都江戸川区春江町4-2303-3653-2737こちら
福聚寺ふくしゅうじ289-0624千葉県香取郡東庄町小南6900478-87-0057
鳳林院ほうりんいん185-0005東京都国分寺市並木町2-33-13042-322-1855こちら
海福寺かいふくじ153-0064東京都目黒区下目黒3-20-903-3712-5616
大龍寺だいりゅうじ140-0004東京都品川区南品川4-2-1603-3474-7743
泰耀寺たいようじ133-0071東京都江戸川区東松本1-3-303-3657-0422
海蔵寺かいぞうじ107-0061東京都港区北青山2-12-2903-3408-4865
寿昌院じゅしょういん133-0043東京都江戸川区松本1-9-1403-3652-7562
法眼寺ほうげんじ292-0813千葉県木更津市上烏田257-10438-36-2558
大雄寺だいおうじ285-0821千葉県佐倉市角来429-2043-485-6532
寳林寺ほうりんじ370-0505群馬県邑楽郡千代田町新福寺7050276-86-3077こちら
達磨寺だるまじ370-0868群馬県高崎市鼻高町296027-322-8800こちら
国瑞寺こくずいじ379-2311群馬県みどり市笠懸町阿左美16140277-76-2292
不動寺ふどうじ370-2801群馬県甘楽郡南牧村大塩沢1267-10274-87-3037こちら
真福寺しんぷくじ320-0034栃木県宇都宮市泉町4-17028-625-1085
聖明寺しょうみょうじ379-0134群馬県安中市簗瀬甲236027-385-7059
龍興寺りゅうこうじ961-0925福島県白河市向新蔵1310248-22-1653
圓中院えんちゅういん340-0141埼玉県幸手市平野5340480-48-2374
済興寺ざいこうじ346-0016埼玉県久喜市東1-8-330480-23-1262
安光寺あんこうじ367-0111埼玉県児玉郡美里町古郡104
臥龍庵がりゅうあん379-2312群馬県みどり市笠懸町久宮330
龍門寺りゅうもんじ370-2202群馬県甘楽郡甘楽町小幡10740274-74-3218
水月院すいげついん327-0305栃木県佐野市船越町16800283-62-3780
智光庵ちこうあん360-0005埼玉県熊谷市今井
長福寺ちょうふくじ370-0321群馬県太田市新田木崎町503-10276-56-0150
大慈寺だいじじ020-0828岩手県盛岡市大慈寺町5-60196-22-4709
法眼寺ほうげんじ036-0300青森県黒石市山形町820172-52-3644
薬師寺やくしじ036-0411青森県黒石市温湯字鶴泉12-40172-54-8365こちら
吉王寺よしおうじ028-5300岩手県二戸郡一戸町小井田7601953-3-3887
三井寺ざんいじ013-0031秋田県横手市鍛冶町7-10-150182-32-2523
福聚院ふくじゅいん039-1532青森県三戸郡五戸町観音堂120178-62-5844
桃源院とうげんいん984-0816宮城県仙台市若林区河原町2丁目14-10022-225-1576
大年寺だいねんじ982-0845宮城県仙台市太白区門前町3-22022-249-6255
萬壽寺まんじゅじ981-0907宮城県仙台市青葉区高松2丁目14-18022-233-3747
佛心寺ぶっしんじ999-3725山形県東根市沼沢字川原14230237-44-2601
正眼院しょうげんいん981-4411宮城県加美郡加美町谷地森字根岸0229-69-5844
臨済院りんざいいん989-3201宮城県仙台市青葉区芹沢字臨済院1-2
海門寺かいもんじ986-0853宮城県石巻市門脇村境17
妙法寺について・アクセス
【所在地・連絡先】
〒523-0827
滋賀県近江八幡市鉄炮町17番地
宗教法人 普陀山妙法寺
(八幡仏教会会長寺院)
→
滋賀県近江八幡市の全体と、周辺一帯。
滋賀県近江八幡市宮内町19−9にある瑞龍寺と、八幡山(鶴翼山)の山頂(標高271.6メートル)と、近江八幡山城跡と、これら周辺一帯広めで。
滋賀県近江八幡市鉄炮町17番地にある宗教法人普陀山妙法寺と、周辺一帯広めで。
https://t.co/MB7dEE7NOL
滋賀県の山一覧 の全ての山岳の山頂と、それ等周辺一帯が、今の危険予想地点です。
特に、下記の近江八幡市にある山4つの山頂あたりは、危険度最高レベルです。
https://t.co/Cd2hh4rqXZ
滋賀県近江八幡市の山一覧の全ての山岳の山頂と、それ等周辺一帯。
1鶴翼山(=八幡山)
2竜石山
3長命寺山
4岡山
https://t.co/6CUBJGLWpC
滋賀県近江八幡市の橋・トンネル一覧の全地点とトンネルの中全部と、それら周辺一帯。
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寅目橋
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白鳥川橋
3
白鳥川橋
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日吉野橋
5
本町橋
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大江大橋
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大江小橋
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桐原橋
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安吉橋
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雪野山トンネル
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日野川大橋
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滋賀県近江八幡市の河川・湖沼・海・池・ダム一覧の全地点と、水底と、それら周辺一帯。
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黒橋川
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平和川
3
白鳥川
4
西の湖
5
西の湖
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日野川
7
日野川
8
琵琶湖
9
琵琶湖
滋賀県近江八幡市沖島町にある沖島(琵琶湖の中の島です)と、周辺湖底一帯。=危険度最高レベル!!!!!琵琶湖全部も!!!!滋賀県の全ての山々の山頂の上空の大宇宙も!!!!!
https://t.co/dKiVNd4GpE
滋賀県近江八幡市の河川・湖沼・海・池・ダム一覧
https://t.co/AaCdJJveym
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黒橋川
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平和川
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白鳥川
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西の湖
5
西の湖
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日野川
7
日野川
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琵琶湖
9
琵琶湖
滋賀県近江八幡市の下記のウィキペディアで出てきた地名や施設の全地点と、それら周辺一帯広めでが、今の危険予想地点です。
https://t.co/HUG8HkkCjC
近江八幡市
近江八幡市(おうみはちまんし)は、滋賀県中部、琵琶湖東岸(湖東)に位置する市。近江商人や安土城で知られる。
【概要】
近江八幡市は、豊臣秀次が築いた城下町を基礎として、近世は商業都市として発展した。
いわゆる近江商人の発祥の地である。
近世の風情がよく残る新町通り、永原町通り、八幡堀沿いの町並みおよび日牟禮八幡宮境内地は「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されており、時代劇の撮影場所としてもよく使われる。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築作品を遺した地としても知られている。
2005年9月1日には水郷地域160ヘクタールが景観法に基づく「景観計画区域」に指定された。
これは同法の適用第1号である。
さらに2006年1月26日には「近江八幡の水郷」として重要文化的景観の第1号に選定された[1]。
【地名の由来】
「近江八幡」を冠する神社があるとしばしば誤解を受けるが、地名のもととなった神社名は「日牟禮八幡宮」である。
市名に旧国名の「近江」を冠しているのは、1954年の市制施行時に福岡県八幡市(やはたし)が存在したためである。
しかし福岡県八幡市は1963年に合併し、北九州市の一部となり消滅した。
その後、1977年に京都府八幡市(やわたし)が誕生したが、この時点では既に福岡県八幡市は消滅していたため、同名回避は行われなかった。
このため、先に市制を敷いた側が冠称を付けるというねじれ現象が生じた。
また近江八幡駅は市制施行前の1919年に八幡駅から近江八幡駅に改称しているが、これも福岡県の八幡駅との同名回避によるものである。
【地理】
位置
近江八幡市は滋賀県の中央部、琵琶湖東岸に位置する。
市域は全般に平坦地で、鈴鹿山系に源を発する諸河川により形成された湖東平野の一角をしめる。
地形
山地
小高い山が平野に浮かぶように点在する。
【主な山】
雪野山
瓶割山
八幡山(鶴翼山)
岡山
長命寺山
津田山(奥島山)
【湖沼】
琵琶湖上には同湖で最大の島である沖島と呼ばれる有人島がある[2]。
また市の北東部には、西の湖が水郷地帯を展開しており、「安土八幡の水郷」として琵琶湖八景の一つに数えられている。
なお、同区域の一部は景観法に基づく「景観計画区域」に指定されている。
主な湖
琵琶湖
西の湖
島嶼
主な島
沖島
【歴史】
近世
安土桃山時代の1585年~1590年、豊臣秀次が八幡城を築き、碁盤状の城下町を建設するとともに、織田信長が築いた安土城の城下町の人々を八幡(元八幡)城下に移した。
江戸時代には中山道六十九次の武佐宿が置かれた。
近江商人らが出入りした巨大な八幡花街があり、江戸時代後期が最盛期であったが、昭和前半にかけて衰退し、現存しない[3]。
施設
【警察】
警察署
滋賀県近江八幡警察署
交番
近江八幡駅前交番(近江八幡市鷹飼町)
八幡山交番(近江八幡市鍛治屋町)
武佐交番(近江八幡市友定町)
警察官駐在所
馬淵警察官駐在所(近江八幡市馬淵町)
桐原警察官駐在所(近江八幡市中小森町)
篠原駅前警察官駐在所(近江八幡市上野町)
北里警察官駐在所(近江八幡市江頭町)
安土警察官駐在所(近江八幡市安土町上豊浦)
水上派出所
近江八幡水上派出所(近江八幡市長命寺町)
【消防】
消防署
東近江行政組合近江八幡消防署(近江八幡市小船木町819)
【医療】
主な病院
近江八幡市立総合医療センター
運動施設
近江八幡運動公園(津田町)
近江八幡市駅南総合スポーツ施設 サン・ビレッジ近江八幡(鷹飼町)
あづちマリエート(安土町桑実寺)
近江八幡市立健康ふれあい公園(竹町)
葬祭施設
火葬場=さざなみ浄苑(船木町)
【観光 名所・旧跡】
城郭
安土城跡 - 特別史跡、琵琶湖国定公園第1種特別地域。サクラの名所でもある。
北之庄城
観音寺城跡:国史跡。
八幡山城跡
水茎岡山城跡
長光寺城跡 - 観音寺城の支城
【寺院】
観音正寺(西国三十三所、三十二番札所)
長命寺(西国三十三所、三十一番札所)
教林坊
瑞龍寺
伊崎寺
本願寺八幡別院
桑実寺
摠見寺
浄厳院 - 浄土宗と日蓮宗による安土問答(安土宗論)が行われた寺。
正寿院
岩戸山十三仏
光明院
帝釈寺
長光寺
【神社】
日牟禮八幡宮
沙沙貴神社 - 佐佐木源氏発祥の地。
大嶋神社奥津嶋神社
天之御中主神社
天津神社(帝釈天)
小田神社
福島弁財天
よしの龍神
金色稲荷大明神
市神神社濱宮
百々神社
活津彦根神社
新宮神社
藤ヶ崎龍神社
菅田神社
奥津嶋神社
賀茂神社
老蘇の森(おいそのもり)
奥石神社 - 本殿が国の重要文化財
【観光スポット】
【博物館】
滋賀県立安土城考古博物館
安土町城郭資料館
安土城天主信長の館 - セビリア万国博覧会に出展された安土城の復元天守(5・6階部分)を移築。
近江八幡市立資料館
郷土館 - 旧伊庭家住宅(1913年建造、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の西洋館)
曳山とイ草の館
歴史民俗資料館
かわらミュージアム
ボーダレス・アートミュージアムNO-MA
【近代建築】
池田町洋館街
ヴォーリズ記念館
ハイド記念館・教育会館
アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館)
旧八幡郵便局
白雲館
旧伊庭邸
【風景・保存地区】
西の湖と長命寺川(近江八幡の水郷として水の郷百選)
八幡伝統的建造物群保存地区
旧西川家住宅(国の重要文化財)
旧伴家住宅
八幡堀
【その他スポット】
旧中山道武佐宿
セミナリヨ跡
あきんどの里
八幡公園
宮ヶ浜水泳場(1977年から1979年まで「鳥人間コンテスト選手権大会」はここで行われていた)
八幡山ロープウエー
安土瓢箪山古墳
大中の湖南遺跡
常の浜
梅の川
福島弁財天
文芸の郷
旧宮地家住宅 - 1754年建造、国の重要文化財。
旧安土巡査駐在所 - 1885年建造、登録有形文化財。
旧柳原学校校舎 - 1876年建造、滋賀県指定文化財。高島市新旭町太田にあったものを移築。
文芸セミナリヨ
あづちマリエート
【文化・名物 祭事・催事】
左義長まつり(3月中旬)
八幡まつり(4月14日-15日)
篠田の花火(5月4日)
賀茂神社の祭礼
浅小井祇園まつり
八幡てんびんまつり
伊崎の竿飛び(8月初旬)
鳥人間コンテスト
BIWAKOビエンナーレ(2004年、2007年実施)
安土のぶなが祭り
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近江八幡市の神社(神社総数は81社)の統計一覧の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
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近江八幡市のお寺・仏教寺院(寺院総数は208カ寺)の統計一覧の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
https://t.co/wowsbw7TXR
滋賀県の倭国百選(308箇所)の全地点と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
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滋賀県にある古墳63箇所の全地点と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
https://t.co/iyWOHuh1it
倭国全国の八幡神社4808社の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
https://t.co/QjvLwn0foR
全都道府県の『八幡宮』(神社総数は1,270社)の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
https://t.co/lDWdY955K5
全国の『八幡社』《総数は755社》の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
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◆全国の観音菩薩霊場の全地点と、それぞれの由緒関係地点群と、それら周辺の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂あたりが、今の危険予想地点です。
https://t.co/FxQKwO9QBt
宇佐神宮(八幡神社の総本社)
https://t.co/QbxKGlMcp3
大分県の神社・大社【2,091社】の統計一覧
https://t.co/P3iPZwxpL0
大分県の仏教寺院・仏閣【1,228カ寺】の統計一覧
https://t.co/To11szAeIc
福岡県の神社・宮殿「総数は3,391社」を探索する
https://t.co/UbH2XQisga
福岡県の仏教寺院「総数は2,279カ寺」を探索する
倭国の全ての古墳!!!特に天皇陵!!!
天皇陵
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宮内庁治定陵墓の一覧
https://t.co/HKQ9jYdrEF
古墳マップ6931箇所
https://t.co/15UdYDcPdn
前方後円墳
https://t.co/J2srTMAiBz
長野県にある諏訪湖の湖底全部と、周辺一帯。
天岩戸の関係地点全地点と、それら周辺一帯の聖地群史跡群水辺群山岳群山頂と、それら周辺一帯の地下深くが、今の危険予想地点です(いずれも危険度最高レベル!!!)
https://t.co/7VmmkGVn63
天の岩戸(あめのいわと、あまのいわと)[注釈 1][1]は、倭国神話に登場する、岩でできた洞窟である。
天戸(あめと、あまと)、天岩屋(あめのいわや)、天岩屋戸(あめのいはやと、あまのいわやと)[注釈 2]ともいい、「岩」は「磐」、「盤」あるいは「石」と書く場合もある。
太陽神である天照大御神が隠れ、世界が暗闇に包まれた岩戸隠れの伝説の舞台である。
天岩戸説話は天上界の出来事であるが、「ここが天岩戸である」とする場所や関連する場所が何箇所か存在する。
【天の岩戸】
滋賀県米原市弥高 - 平野神社。
京都府福知山市大江町 - 皇大神社(元伊勢内宮)、天岩戸神社。
滋賀県高島市 白鬚神社 - 岩戸社。
奈良県橿原市 「天岩戸神社」 - 天香久山の南麓。
三重県伊勢市 伊勢神宮外宮 - 「高倉山古墳」。昭和時代に入山が禁止された。
三重県伊勢市二見町 二見興玉神社 - 「天の岩屋」
三重県志摩市磯部町恵利原 - 恵利原の水穴 皇大神宮の一宮、伊雑宮の神域にある。皇大神宮と新海誠の信仰する猿田彦神社のバス停から次のバス停が、当地の入り口である天の岩戸口であること、『すずめの戸締まり』の岩戸姓の元ネタになり、さらには『君の名は。』のヒロインの名前の元ネタになった罔象女神(ミツハノメノカミ)が岩戸の左側に祭られている事から、近年では若者の参拝が増えている。
岐阜県各務原市「手力雄神社」「史跡めぐり」
岐阜県高山市位山 - 飛騨一宮水無神社の神体山。
兵庫県洲本市安乎町 - 岩戸川の河口北。
兵庫県洲本市先山 - 岩戸神社。
岡山県真庭市蒜山 - 茅部神社の山の上方。
徳島県美馬郡つるぎ町 - 天の岩戸神社の神域にある。
山口県山口市秋穂二島岩屋 - 塩作りの海人の在住地、防府市の玉祖命の神社に近い。
宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸 - 天岩戸神社の神域にある。同神社西本宮の背後、岩戸川を挟んだ対岸の岸壁にあり、社務所に申し込めば案内付きで遥拝所へ通してくれる。周辺には天安河原など、倭国神話、特に岩戸隠れ神話にまつわる地名が多く存在する。
沖縄県島尻郡伊平屋村字田名「クマヤ洞窟」 - 全国に数多ある「天の岩戸伝説」の中で最南端地。
【岩戸】
千葉県袖ケ浦市坂戸市場 坂戸神社。天岩戸のかけらという伝承の岩、天磐戸の石碑がある。
長野県長野市戸隠 戸隠神社には、岩戸が落下してきた伝承がある。
岐阜県郡上市和良町 戸隠神社。天岩戸のかけらという伝承の岩がある。
奈良県奈良市柳生 天石立神社。この地まで飛ばされてきたという岩がある。
新潟県上越市尾神 - 岩戸寺観音堂。天岩戸が飛んできた際、空中で割れて岩戸の端の部分『神の尾』が当地に落ちてきた伝説があり、地名の『尾神』となり、岩戸がお祀りしてある。
福岡県那珂川市岩戸村。福岡県筑紫郡にあった村。現在の那珂川市の一部。天岩戸は筑紫にあるという伝説による[19]。
沖縄県島尻郡伊平屋村字田名 伊平屋天巌戸神社 クマヤ洞窟。同村北部田名区あるクマヤ洞窟は天岩戸伝説が残る倭国最南端の地とされており、昭和43年(1968年)、沖宮宮司を中心に「天の岩戸開き」の神事と神楽が、伊平屋村・伊是名村の共催によって執り行われた。
【その他】
鶏[注釈 3]を集めて鳴かせたことから、伊勢神宮の内宮では「神苑」という庭園に「神鶏」と呼ばれる鶏を放し飼いにしている[20][21]。
太平洋戦争末期の沖縄戦において首里城地下に構築された司令部壕はこの故事に準えて「天ノ巌戸戦闘指令所」と呼ばれた[22][23]。
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「岩戸」を含む地名— 28 件
「岩戸」を含む町域名
生田原岩戸(いくたはらいわと) 北海道紋別郡遠軽町
市島町岩戸(いちじまちょういわと) 兵庫県丹波市
岩戸(いわと) 高知県土佐市
岩戸(いわと) 岡山県和気郡和気町
岩戸(いわと) 千葉県印西市
岩戸(いわと) 宮崎県西臼杵郡高千穂町
岩戸(いわと) 神奈川県横須賀市
岩戸町(いわとちょう) 東京都新宿区
岩戸町(いわとちょう) 愛知県岡崎市
岩戸町(いわとちょう) 愛知県名古屋市南区
岩戸町(いわとちょう) 北海道函館市
岩戸山町(いわとやまちょう) 京都府京都市下京区
岩戸(いわど) 広島県山県郡北広島町
岩戸(いわど) 高知県吾川郡仁淀川町
岩戸北(いわどきた) 東京都狛江市
岩戸町(いわどちょう) 鹿児島県枕崎市
岩戸南(いわどみなみ) 東京都狛江市 November 11, 2025
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初めて作ったSD戦国伝系キットが武神降臨編の織田信長頑駄無でした!!それは結構稀有な事例とは思いますが、大変思い入れあるキットです。武神降臨編カラーの信長エピオン製作も経て、このたび集大成的天下無双大将軍にアーマー装着出来て個人的満足度感慨無量の極みでした!ありがとうございます🙏 https://t.co/voZytaok4P November 11, 2025
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もうすぐだね (*^O^*)/✨
#豊臣兄弟 放送に向け滋賀県は
活気づいてますね~ (⌒0⌒)/~
滋賀のお城めぐりに必携!
「お城観光ガイドブック 湖国名城万華鏡」登場 #織田信長 #戦国 https://t.co/mT9ohr2kln November 11, 2025
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おはようございます
今日は先日訪問した安土城を「ブラタモリ」で放送してくれるので今から楽しみ、わずか3年で消えた織田信長による“幻の城”安土城には築城の際集めた石材の中に石仏も含まれ石段に幾つか使用されていて踏まないよう気をつけていました
安土城石段の石仏 https://t.co/zH7HvtwJwf November 11, 2025
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