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真珠湾攻撃
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2025.12.09 00:00
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今日は真珠湾攻撃の日。
あの奇襲を米国が事前に察知していたという決定的証拠はないが、私は知っていたと考えている。
米国は倭国の「宣戦布告」の遅れを理由に「騙し討ちした」と喧伝したが、古今東西の戦争のほとんどは宣戦布告なしに行われているし、米国の戦争も多くは宣戦布告なしに始めている。 December 12, 2025
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本日は84年前に、倭国軍がマレー半島北部に上陸進軍した日である。その1時間後に倭国軍はハワイの真珠湾攻撃を開始。真珠湾攻撃は誰でも知っているが、マレー半島のコタバル、ソンクラーに上陸し、一週間で南下し、シンガポール攻略した話は倭国人で意外に知っている人は少ない。学校教育で「漏れて」いるからであるが、マレーシアとシンガポールの人はちゃんと「倭国占領期」として詳細に知っている。ジトラに近いマレーの調査村では倭国兵士がバナナ食べて喜んでいたのを覚えている。
倭国軍はマレー人、インド人は取り込むつもりで酷いことはしなかったが、華人系には「きっと中国に資金を送って支援してる」と決めつけて虐殺、財産を押さえ、シンガポール占領の時は「人口を半分程度に減らせ」と辻政信参謀が指示し華人虐殺したので、特に華人系には忘れられない恨みになっている。 December 12, 2025
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高畑不動駅前にて次の衆院選に挑戦予定の「よくらさゆり」さんや都下の市議や区議の皆さんと12/7に街頭演説をいたしました。私からは「参政党が面白い国会にしている」状況を私の質疑を紹介する形で語り、反グローバリズムの観点からのウクライナ戦争や対ロシア外交のあり方、「地域全体がホスピタル」となって住民の健康を支える医療システムの提起、ルーズベルト政権が倭国を真珠湾攻撃に追い込んでいった歴史的事実の指摘、そして、片山さつき大臣との積極財政に向けたやり取りなどを語り、片山大臣に軽く提起した松田プランにも触れました。
私の演説は19:50~40:40です。
https://t.co/DQFD59Jj7J December 12, 2025
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真珠湾攻撃関連として『決断』のドラマレコードを紹介。
TVではモノラル音声での放送だったが、実はレコードでは音楽がステレオ音声なのでもしかしたらテープではステレオ録音だった可能性があるかも…いずれにしても主題歌とBGMを合わせた完全盤サントラが欲しい。 https://t.co/zK2qu54pNJ December 12, 2025
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【真珠湾攻撃から84年・日米開戦の日】
国策映画「倭国ニュース」は、倭国軍が撮影した1941年12月8日の #真珠湾攻撃 の模様を国民に知らせました。
航海する空母や飛行する攻撃隊、煙を上げるアメリカ軍施設などの映像を見ることができます。
#戦争証言アーカイブス
https://t.co/SETK53C5kh https://t.co/NX80SN0uQ2 December 12, 2025
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日付が変わってしまいましたが、
今から84年前の1941年12月8日、
倭国のハワイ真珠湾攻撃により
日米が開戦。
写真は私のコレクションの開戦1周年の記念切手です🐱
真珠湾上空からの景色と
バターン半島を進撃する戦車
今、倭国は外からも内からも脅かされていて、本当に危機的状況だと日々感じます。
小坂さんが繰り返し訴える
大切なものは戦ってでも守る、
そんな気持ちを私たち一人一人が
自覚しないと、
この倭国と言う国は他国に
乗っ取られてしまいます! December 12, 2025
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スッキリして、ボロボロになって、スッテンテンの素寒貧になってしまったのが、先の大戦での倭国ですね。「令和の真珠湾攻撃」を夢見る人たちは、そのあとでどんなことが起こるのかを少しでも想像しているのか、いや想像できないから夢見るのでしょうね。
再びの悪夢は見たくないのですが。 https://t.co/zgMo4G9kIH December 12, 2025
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【台湾有事発言を】ナショナリズムを煽るネトウヨ芸能人や元議員のせいで、バカイチの台湾有事発言を「問題はないと思う」は55%と高い。日中関係について不安を「感じる」は51%、「感じない」は46%だ。本気で真珠湾攻撃と同じに突っ込むつもりなんですか?経済戦争だけでも勝てませんが…。 December 12, 2025
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皇紀2685年
令和7年12月8日(月)
おはようございます。
本日もよろしくお願い致します。
最高気温16℃最低気温4℃
曇り時々晴れ、降水確率20%
◻️今日の出来事
1941年
昭和16年12月8日
倭国海軍がハワイ真珠湾を奇襲し、太平洋戦争(対米英開戦)が始まりました。
第二次世界大戦期、倭国や米国の政策決定にスパイ工作や情報戦が影響を及ぼしたことが指摘されています。
太平洋戦争開戦に至る大切な倭国人が知らない事実として、以下に整理します。
●倭国政府中枢へのスパイ浸透と対米開戦
1941年10月、近衛文麿政権の中枢に潜んでいたソ連のスパイ組織(リヒャルト・ゾルゲ率いる諜報団)が摘発されました 。
このグループには首相ブレーンの尾崎秀実(元朝日新聞記者)も加わっており、尾崎は政権中枢に深く入り込んで倭国の国策に影響を与えていました 。
ゾルゲは尾崎を通じて倭国の政策をソ連に有利な方向へ導く工作を行っていたとされています 。
実際、倭国の対外戦略を巡る「北進(対ソ)か南進(対英米)か」の議論では、尾崎らは「主敵は英米」と主張して南進論を優勢にし、倭国を対米英開戦へ誘導しました 。
その結果、倭国はソ連との戦闘を避けて米英との戦争に踏み切り、最終的に敗北を喫しました 。
●ソ連の対日・対米情報工作
ソ連(コミンテルン)は、倭国と米国という二大国を互いに戦争させて双方を弱体化させる戦略を取っていたともいわれます。
これはレーニンが提唱した「革命的敗北主義(敗戦革命論)」、すなわち帝国主義戦争の混乱と疲弊を利用して共産革命を起こす戦略に通じる発想です 。
実際、ソ連のNKVDは米財務省高官ハリー・デクスター・ホワイトを利用した「スノー作戦」を展開し、米国の対日経済制裁を強硬化させて米政府の政策をソ連の思惑通りに誘導しようと図りました 。
●米国政権中枢におけるスパイ活動
太平洋戦争当時、アメリカ政府内部にもソ連のスパイが存在しました。戦後に公開された暗号解読記録「ヴェノナ文書」により、国務省高官アルジャー・ヒスや財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトがソ連に内通していたことが立証されています 。
ヒスやホワイトはいずれも政策決定に関わる要職にありながら、ソ連のために諜報活動を行っていたのです 。
このように日米双方の政権中枢にスパイや共産主義シンパが存在し、国家戦略に影響を及ぼしていた事実が、戦後の資料によって裏付けられています。
●敗戦革命論の構図と近衛上奏文
上記の動きは、レーニンの「敗戦革命論」の構図そのものとも言えます。
実際、倭国では終戦間近の1945年2月に近衛文麿元首相が天皇に提出した上奏文で「国体護持の立場より最も憂うべきは、最悪の事態そのものよりもそれに伴って起こり得る共産革命」であると警告し 、勝利の見込みなき戦争を続けることは「全く共産党の手に乗るもの」として早期終戦の必要性を訴えました 。
近衛はまた、経済困窮や軍部内の革新運動、親ソ的風潮の高まりなど革命の好条件が日々成熟しつつあると分析しています 。
すなわち、倭国がこれ以上戦争を続けて敗北すれば、ソ連の影響下で共産革命が起こり国体が危うくなるという強い危機感が示されたのです。
●戦後倭国の諜報対策と課題
しかし皮肉にも、戦後の倭国ではこうした教訓が十分活かされたとは言えません。
倭国には現在まで外国スパイによる諜報行為自体を包括的に禁止する法律が存在せず、これは先進国でも異例です 。
現行法では外患誘致罪や特定秘密保護法など断片的な法整備に留まり、機密漏洩や諜報活動の防止にも限界があります 。
倭国は「スパイ天国」と揶揄されるほど諜報活動に対する法的対応が脆弱なままとなり、冷戦期以降も他国のスパイが暗躍しやすい土壌が続いてきました 。
現代においても経済安全保障や安全保障環境が厳しさを増す中、諜報戦の教訓を踏まえた法制度の整備が課題として残されているのです。
真珠湾攻撃から始まる太平洋戦争の舞台裏では、イデオロギーと情報戦が国家の命運を左右しました。
尾崎秀実やゾルゲといったスパイによる倭国政府中枢への浸透、コミンテルンによる日米双方への工作、そして米政権内部の共産主義者たちの存在は決して陰謀論ではなく、戦後の公判記録や極秘文書の分析によって裏付けられた歴史的事実です。
私達現代に生きる倭国人は改めて、戦争という巨大な意思決定の陰に諜報戦があったことを冷静に受け止め、政治的立場を超えて歴史の教訓とすべきでしょう。
第二次世界大戦期の教訓は、現在の倭国における安全保障上の課題とも繋がっています。
過去を学びつつ現代の法制度を整えることが、再び同じ轍を踏まないために重要だと考えるます。
『倭国人ファースト!』
#北野ひろや December 12, 2025
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真珠湾攻撃から84年 「赤紙」を模したチラシを配布し平和と戦争反対訴える 中学生が感じたことは(山形) (テレビユー山形)
https://t.co/h8XEMrUqAv December 12, 2025
正しく語り継ぐ者がいなくなるのは悲しいことだよ…
真珠湾攻撃84年の追悼式「統一と再生を」 経験者参加が初のゼロに(朝日新聞)
#Yahooニュース
https://t.co/56RUg79LVe December 12, 2025
@Hoshuto_hyakuta それは本当の話ですね。歴史は勝者によって書かれるもので、彼らの視点に合わせて物語が作られることが多いというのは興味深いことです。真珠湾攻撃は複雑な出来事で、まだ学び、議論すべきことがたくさんあります。 December 12, 2025
パールハーバー•真珠湾攻撃の日が過ぎてしまったけど、海の果てで藻屑と消えた日米先人達の英霊に思いを馳せる一日としよう✈️ https://t.co/yEDUHNhSaL December 12, 2025
森山優『日米開戦と情報戦』講談社現代新書。
1941年12月8日の真珠湾攻撃から、今日で84年目。
興味深い指摘が、最高機密情報に接した者たちは判断を誤り、接していなかった者たちが正しい判断をしたという点。
なぜエリートたちが開戦という非合理な選択をとるに至ったのか知りたい人は一読を。 https://t.co/WgZmbvbKoU December 12, 2025
原爆が落ちた日や終戦の日はみんなよく知ってると思うけど、沖縄戦が始まった日や真珠湾攻撃が起きた日は知らない人が多いと思う。 https://t.co/IgLCFj3vpy December 12, 2025
今日12月8日は「真珠湾攻撃」(1941年)「ジョン・レノン射殺」(1980年)と歴史的大事件が起きた日だが、何と言っても「力道山が刺された日」(1963年)である。
現場となった、赤坂のニュー・ラテン・クォーターの跡地は、今は公園になっていて、山本信太郎さんが立っている位置こそ(写真)まさに刺された場所となる。
日比谷高校までの急な坂(遅刻坂)は昔も今も変わらないらしいが、かつてのホテルニュージャパンは今はなく、外資系保険会社のプルデンシャルタワーが聳え立ち、クリスマスツリーが何事もなかったかのように美しく光っている。
この日、何が起きたのか、なぜ、力道山一行はTBSラジオからコパカバーナに行かなかったのか、なぜ、力道山は刺されなければならなかったのか、そのとき妻はどうしていたのか。──今まで誰も書かなかったこれらのことを知りたい方は、拙著『力道山未亡人』を是非一読されたし。 December 12, 2025
陸海軍統帥部からの要請に従い、外務省は対米宣戦布告をワシントン時間7日午後1時に行うことを決めた。しかし、統帥部側はマレー半島上陸作戦や真珠湾攻撃の開始時間を外務省に伏せたため、軍と外交当局の認識が共有されないまま宣戦布告手続きへと進むことになる。
すでにマレー半島上陸作戦を行う第二十五軍(司令官:山下奉文中将)先遣兵団は海南島三亜港を出撃し、第三水雷戦隊の護衛を受けて進軍中。また、真珠湾攻撃を行う第一航空艦隊もハワイ諸島に向けて針路を取っていた。 #虎落録 December 12, 2025
トラトラトラの発信者【淵田美津雄中佐】の生家が奈良県橿原市にあり(当時は葛城郡)子供の時おばあちゃんに『大東亜戦争の真珠湾攻撃で活躍された隊長さんのお家やで』と教えられていたが大きな屋敷だけどいつも門が閉ざされていて登下校の帰り道なのに開いている時を見た事がない。 https://t.co/FvfqTBhJBV December 12, 2025
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