核兵器 トレンド
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2025.11.29 23:00
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「中国様の表情規制は綺麗な表現規制!」
核兵器のみならず、表現の自由まで宗主国様に売り渡すのかこの国のおヒダリ様は。 https://t.co/9y6Gkc8LM4 November 11, 2025
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日中の戦力を比較すると、例えば戦闘機の数では倭国の約6倍と圧倒している。しかし、性能では間違いなく倭国が優位といわれる。米軍は最低でも3000機以上で中国の2200を上回り、質でも圧倒している。日米が組んでいる限り、余裕で戦える。
特にこの三菱重工製のF-2は90機ほど配備されているが、対艦攻撃能力が圧倒的とされる。
そして、防衛省は2022年12月の防衛力整備計画で、垂直ミサイル発射システム(VLS)搭載型潜水艦の開発を決めている。これをやられたら、敵はたまったものではない。
敵地攻撃能力を持つスタンド・オフ・ミサイルの開発も進む。敵の防空圏外から発射できるミサイルだ。さらに、変則的軌道ミサイルも開発が進み、迎撃はより困難になる。
さらに、みんな馬鹿にしていたが、レールガンも倭国は成功させてしまった。素材力がなす倭国の技術力の集大成と言ってよい。
恐らく2035年完成の日英伊共同開発の次世代戦闘機は、相当な性能になるだろう。特に倭国がステルス性能を担当し、欧州のシステム統合能力と一体化すれば、まさに画期的だ。
しかし…通常兵器に加え、核兵器を持たなければ、何の意味もない。国民世論が盛り上がらない限り、もう倭国は守りきれない。
※F-2戦闘機とレールガン November 11, 2025
14RP
【倭国が中国に軍事侵攻を受けたときーー米国が絶対に倭国と戦う理由と、米国が倭国を手放せない理由とは?(戦術の基礎)】
日米安全保障条約の下で、アメリカ合衆国は倭国の防衛に対し「鉄のような」コミットメントを公言しています。
実際、歴代の米国高官らは日米同盟を「インド太平洋地域の安定の礎(cornerstone)」と表現し、その重要性を強調してきました。
しかし、倭国国内では「アメリカは本当に倭国を守る価値を感じているのか」「倭国に資源もなく人口減少が進む中で、米国に見捨てられないか」といった不安の声があります。
この疑念に対し、軍事的・地政学的理由と経済的・技術的理由の両面から、「なぜ米国は有事の際に倭国と共に戦い、倭国を絶対に手放せないのか」を考察します。
結論を先取りすれば、それは『倭国の防衛がそのまま米国自身の存続と安全保障と繁栄に直結する』という極めて冷徹な「地政学的現実」に他なりません。
逆に言えばこの地政学的現実が倭国にとっての幸運でもあり、米国が倭国と共に倭国領土を防衛する理由となっています。
わざわざ米国が倭国防衛に尽力するのは、単なる「日米安保条約の条項という書類上の約束」に基づくものだけありません。
また倭国人に対する恩義や友情だけでもなく、100%自国の国益のためであり、ゆえに日米同盟は世界に類を見ないほど強固かつ盤石なのです。
【米国が倭国を守る軍事・地政学的理由】
戦略地理的に見て、倭国列島は米軍にとっての浮沈空母、そして西太平洋における不沈の前進拠点です。
米軍第7艦隊の母港である横須賀基地をはじめ、沖縄・嘉手納など倭国各地の在日米軍基地により、米国はアジア太平洋地域へ軍事プレゼンスを張り巡らせています。
中国の軍事侵攻に際して、もし仮に倭国を見捨てて撤退すれば米軍は西太平洋の橋頭堡を失い、一気に後方のグアムやハワイまで後退せざるを得ません。
しかしグアムやハワイからでは中国の軍事力に対抗することは不可能です。
米国防専門家も「倭国やフィリピン抜きでは、もはや米国は第一列島線内でプレゼンスを保てず、グアム・ハワイからでは中国の接近阻止網にまず対抗できない」と指摘しています。
言い換えれば、倭国という前線基地があるからこそ米国は「太平洋の大国」でいられるのです。
この地政学的価値は、決して他国では代替できません。
実際、倭国には現在も米軍約5万人規模が駐留しており、これは米国がいかに倭国を前哨と位置付けているかを物語っています。
【「第一列島線」の要衝ーー倭国列島という太平洋の城壁】
米国は冷戦期からユーラシア大陸縁辺の島嶼部に防衛ラインを築いてきました。
それが「第一列島線」と呼ばれる、倭国〜台湾〜フィリピンに連なる島嶼線です。
この列島線は、中国や旧ソ連の太平洋進出を封じ込める天然の防波堤の役割を果たしましたが、その要衝が他ならぬ倭国列島でした。
倭国の南西諸島から台湾にかけて連なる島々は、東シナ海と西太平洋を隔てる地形上の要衝になっています。
ここを倭国と同盟国が押さえることで、中国海軍の外洋進出ルートを監視・統制できるのです。
実際、倭国は南西諸島にレーダーサイトや対艦ミサイル部隊を配備しつつあり、有事にはこの島嶼線で中国艦隊の通過を封鎖・阻止する戦略を整えつつあります。
米国も、フィリピンや倭国と協力して第一列島線の 「出入り口すべてを監視」 する態勢を強化しています。
米海軍関係者は「米軍の潜水艦部隊が第一列島線内の制海権を確保し、中国海軍が同ラインを突破できない状況を維持することが極めて重要だ」と強調しています。
要するに、倭国という城壁が崩れれば米軍の西太平洋防衛ラインは大きく後退し、中国海軍の太平洋進出を許してしまうのです。
そして一度失われた海域は二度と手に入りません。
これを取り戻すには、核兵器保有国同士の正面戦闘になるからです。
その意味で「倭国が破られれば米国も破存続できない」というのは単なる比喩ではなく、戦略上の厳然たる現実なのです。 November 11, 2025
5RP
やばい!反AI活動に中共が参加してまうのではないか
そして反AIが「AI推進法を核兵器で破壊してくれる中国を応援する」っとまで発展すると予想 https://t.co/KGlrOiHfM5 November 11, 2025
1RP
倭国では
反権力=媚中、中国の🐶
困ったもんだな
今の地球上で最低最悪の独裁政権には何ら文句も言わずに倭国の体制だけを批判する…平和な倭国に住んでいるくせに
そもそも核兵器だって倭国は保有していない
意味不明なんだよなぁ
中国の手先に間違いないわ November 11, 2025
『バブル経済が崩壊した3つの要因』(ファインディングファンド)
https://t.co/FFmRbuKWVM
中国が世界の小間物のほぼ全てを製造してる、みたいな状況も関連してる感じはあるよね
大蔵省が経済核兵器自国に炸裂させてからこのかた、
倭国のみならず実労働せずに中国に労働を分配し続けてるツケというか November 11, 2025
テレビは核兵器より勝る武器
テレビは国民を洗脳する装置
テレビはテレビにとって都合の悪い真実を隠す‼️
立花信者では無いがこの言葉だけは忘れない‼️まさにその通り‼️ November 11, 2025
あなたの好きな中国は倭国に向けて600基以上の射程2000㎞以上のミサイルを配備し、倭国全土に照準を合わせています。これは「防衛」のためというより、中国にとっては「威嚇」、倭国にとっては「脅威」です。
抑止力の為にも倭国は核兵器保有が必須な所以はこれなのです。 https://t.co/CpI2cYJiiX https://t.co/sDS0ss4mcS November 11, 2025
@sobiura @FdVYFnIxUp79991 核兵器は怖いけど、持たないと話し合いにならないのをウクライナ戦で見たから
もう持つしかないかなと思う。
牽制になるなら、それで目的の大部分は達してるとも思う。
首斬り発言以降、世界的に中国を危険視する流れになって来てる今、防衛力を批判されずに高めていけるチャンス生かしてほしい。。! November 11, 2025
戦争が起きれば、無数の人が苦しみの中で命を落とし、安全も生活も、そして権力を抑制する制度さえも崩壊する。それでも、状況によっては戦争を選ばざるを得ない局面があるかもしれない。だからこそ、戦争の是非を判断する際には、「本当に必要なのか」「勝算はあるのか」「どれほどの犠牲が生じるのか」といった、きわめて本質的な要素を真剣に検討するのが当然である。
しかし番組では、多くの若者は「前向き」「積極性」「頑張っている姿が見える」といった印象によって、首相──たとえば高市早苗氏──の支持を決めているとされる。財産を失う程度ならまだしも、中国との戦争のように国家の存亡と無数の命がかかる問題を印象で判断するのは、とてつもなく愚かである。中国との戦争に勝つことは現実的に考えがたいし、核兵器が使われなくても倭国中の原発が攻撃されれば、この国は人の住めない汚染地帯になる。これほど重大な問題を、「わかりやすさ」や「前向きさ」「積極性」「がんばっているのが見える」などで判断する人々を、他にどう呼べば良いのだろうか。
もちろん、芸能文脈で「前向きさ」を演出する三十代女性(そもそも若者ではない)を批判する意図はない。むしろ、そうした人々は社会的に巧みに立ち回っているのだろう。問題は、若者がこうした印象による判断に誘導される社会的構造の方である。
では、なぜ生命に関わる戦争の判断が、「前向き」「積極性」といったどうでもよい印象に左右されるのか。それは、命を預ける心臓外科医を「ハンサムかどうか」で選ぶような、通常あり得ない判断である。
それにもかかわらず、その「あり得なさ」が現実に生じるのはなぜか。
私が長年のいじめ研究で見出したのは、「みんなのノリに合っていること」が絶対的価値として畏怖される、小世界特有の秩序である。倭国の学校では徹底した集団主義のもと、感動やムードを共有し、生命の根底から一体化するような感覚が最高価値として刷り込まれる。その結果、「みんなの気持ちよいムード」に従うことが、命より重要になるケースさえ生じる。これが倭国の集団主義教育による人間形成の実態である。詳細は拙著『いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか』(https://t.co/2WStHd9CEZ)を参照されたい。
また、この仕組みを示す実例として、以下の体験記も参考になる(この例は左翼的全体主義の影響が強い)。
· https://t.co/zwkTT3ZmVt
· https://t.co/NCxWppSngE
· https://t.co/9efV5pEm9L
「前向き」「積極性」「頑張っているのが見える」といった評価は、学校の集団生活で「みんなから良いムードを得る力」として機能している。それ自体を娯楽として楽しむだけなら構わない。しかし、それを国家の存亡を左右する判断基準として用いることは許されない。戦争の決定にこれを持ち込むことは、どう考えても、とてつもなく愚かである。
とてつもなく愚かである。
何度でも言うが、この愚かさを生み出したのは学校の集団主義教育であると私は考えている。
さらに、ネット上で多数が特定個人を攻撃しているつもりの人々へ伝えたい。実名攻撃は突然、裁判所から呼び出される可能性がある。トラブルを避けたいなら、どこまでが法的に問題ないか、弁護士に相談しながら行動すべきである。
しかし、これは重要事項とも言えない。最も大切なのは、中国との戦争によって人が死に、国が滅びる事態を防ぐことである。人々の愚かさが最悪の指導者を選び、無謀な戦争を招く。これに対して、「右翼勢力とは何か」を人々が明確に理解できるようにすることで、最悪の事態を回避できる。
このツイート
https://t.co/lNT2javFpx
が多くの人に届き、理解されれば、倭国は戦争の危機から脱することができる。右翼勢力の正体が明確になるからである。
狂気の国家観と正気の国家観を人々に知ってもらうこと。
これこそが最も重要である。
賛同される方、これ以上右翼勢力を強めてはならないと考える方は、どうか
https://t.co/lNT2javFpx
をリツイートしてほしい。高校卒業程度の国語力で読める内容であり、新聞の社説程度の長さである。
よろしくお願いしたい。 November 11, 2025
【何故今、広島?/その2:広島&福知山を結ぶ線:音楽喫茶ムシカの音楽会】
広島の新聞社である、中国新聞は、社員の3分の1の114人が1945年8月6日の原爆投下で命を失った。
その中、3日後の9日に他社での代行印刷で新聞発行。「世界平和の確立」を社是に掲げ、核兵器廃絶と平和を唱え続ける事を“被爆地の新聞社としての責務”という。
これは新聞人、マスメディアの“義務”を如何なる状況下においても遂行すると言う信念のなせる行為だと感じた。
これは 広島の話では無い。広島と長崎の話でも無い。これは“倭国の”を通り越して、全てのmankind 、即ち人類の問題なのであって、原爆の悲劇の実態を経験した国である倭国人が、戦後80年の今、今こそ、我々に平和の為に何が出来るか
をもう一度、考えたいと思った時に、広島の戦後の音楽界とは切っても切れない音楽喫茶「ムシカ」のピアノを囲んで広島の音楽と関西の音楽家が集い平和についてもう一度見つめ直すと言う音楽会を急遽開くことにしました。
今、ムシカで永年演奏会に使われていたグランド・ピアノは福知山城の三の丸にあるビルに置かれている。毎年1回、平和のコンサートを開催しているが今年は2回目になる。
先に述べた中国新聞の記者もアマチュアのピアニストとして参加する。又 被曝ピアノ「明子さんのピアノ」に関する著書を表した記者も来福し 音楽喫茶ムシカが本当の意味で戦後の広島の復興に於いて 広島の人々の心の灯火であった事を知り、このピアノを通して平和について、又、広島、長崎のことを音楽を通して次の世代に語り継ぐ事が義務の様に思えてならない。
時に 音楽にはとてつもない力を発揮することもあり得ると信じているワンおばちゃんである。
12月13日、広島、長崎から福知山、そして世界へ皆んなの平和の思いが届きます様、心から願っています November 11, 2025
【何故今、広島?/その2:広島&福知山を結ぶ線】
広島の新聞社である、中国新聞は、社員の3分の1の114人が1945年8月6日の原爆投下で命を失った。
その中、3日後の9日に他社での代行印刷で新聞発行。「世界平和の確立」を社是に掲げ、核兵器廃絶と平和を唱え続ける事を“被爆地の新聞社としての責務”という。
これは新聞人、マスメディアの“義務”を如何なる状況下においても遂行すると言う信念のなせる行為だと感じた。
これは 広島の話では無い。広島と長崎の話でも無い。これは“倭国の”を通り越して、全てのmankind 、即ち人類の問題なのであって、原爆の悲劇の実態を経験した国である倭国人が、戦後80年の今、今こそ、我々に平和の為に何が出来るか
をもう一度、考えたいと思った時に、広島の戦後の音楽界とは切っても切れない音楽喫茶「ムシカ」のピアノを囲んで広島の音楽と関西の音楽家が集い平和についてもう一度見つめ直すと言う音楽会を急遽開くことにしました。
今、ムシカで永年演奏会に使われていたグランド・ピアノは福知山城の三の丸にあるビルに置かれている。毎年1回、平和のコンサートを開催しているが今年は2回目になる。
先に述べた中国新聞の記者もアマチュアのピアニストとして参加する。又 被曝ピアノ「明子さんのピアノ」に関する著書を表した記者も来福し 音楽喫茶ムシカが本当の意味で戦後の広島の復興に於いて 広島の人々の心の灯火であった事を知り、このピアノを通して平和について、又、広島、長崎のことを音楽を通して次の世代に語り継ぐ事が義務の様に思えてならない。
時に 音楽にはとてつもない力を発揮することもあり得ると信じているワンおばちゃんである。
12月13日、広島、長崎から福知山、そして世界へ皆んなの平和の思いが届きます様、心から願っています November 11, 2025
平和とは当たり前にあるものではない。世界の軍事バランスが削れれば一気に崩壊する。中国は急激に軍事力を高めている。さらに大量の核兵器を持ち、チベットやウイグルをいまだに植民地としている。もはや、平和のバランスは中国により崩壊しようとしている。現実を知れ、山本アナよ。 November 11, 2025
戦争が起きれば、無数の人が苦しみの中で命を落とし、安全も生活も、そして権力を抑制する制度さえも崩壊する。それでも、状況によっては戦争を選ばざるを得ない局面があるかもしれない。だからこそ、戦争の是非を判断する際には、「本当に必要なのか」「勝算はあるのか」「どれほどの犠牲が生じるのか」といった、きわめて本質的な要素を真剣に検討するのが当然である。
しかし番組では、多くの若者は「前向き」「積極性」「頑張っている姿が見える」といった印象によって、首相──たとえば高市早苗氏──の支持を決めているとされる。財産を失う程度ならまだしも、中国との戦争のように国家の存亡と無数の命がかかる問題を印象で判断するのは、とてつもなく愚かである。中国との戦争に勝つことは現実的に考えがたいし、核兵器が使われなくても倭国中の原発が攻撃されれば、この国は人の住めない汚染地帯になる。これほど重大な問題を、「わかりやすさ」や「前向きさ」「積極性」「がんばっているのが見える」などで判断する人々を、他にどう呼べば良いのだろうか。
もちろん、芸能文脈で「前向きさ」を演出する三十代女性(そもそも若者ではない)を批判する意図はない。むしろ、そうした人々は社会的に巧みに立ち回っているのだろう。問題は、若者がこうした印象による判断に誘導される社会的構造の方である。
では、なぜ生命に関わる戦争の判断が、「前向き」「積極性」といったどうでもよい印象に左右されるのか。それは、命を預ける心臓外科医を「ハンサムかどうか」で選ぶような、通常あり得ない判断である。
それにもかかわらず、その「あり得なさ」が現実に生じるのはなぜか。
私が長年のいじめ研究で見出したのは、「みんなのノリに合っていること」が絶対的価値として畏怖される、小世界特有の秩序である。倭国の学校では徹底した集団主義のもと、感動やムードを共有し、生命の根底から一体化するような感覚が最高価値として刷り込まれる。その結果、「みんなの気持ちよいムード」に従うことが、命より重要になるケースさえ生じる。これが倭国の集団主義教育による人間形成の実態である。詳細は拙著『いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか』(https://t.co/2WStHd94Pr)を参照されたい。
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「前向き」「積極性」「頑張っているのが見える」といった評価は、学校の集団生活で「みんなから良いムードを得る力」として機能している。それ自体を娯楽として楽しむだけなら構わない。しかし、それを国家の存亡を左右する判断基準として用いることは許されない。戦争の決定にこれを持ち込むことは、どう考えても、とてつもなく愚かである。
とてつもなく愚かである。
何度でも言うが、この愚かさを生み出したのは学校の集団主義教育であると私は考えている。
さらに、ネット上で多数が特定個人を攻撃しているつもりの人々へ伝えたい。実名攻撃は突然、裁判所から呼び出される可能性がある。トラブルを避けたいなら、どこまでが法的に問題ないか、弁護士に相談しながら行動すべきである。
しかし、これは重要事項とも言えない。最も大切なのは、中国との戦争によって人が死に、国が滅びる事態を防ぐことである。人々の愚かさが最悪の指導者を選び、無謀な戦争を招く。これに対して、「右翼勢力とは何か」を人々が明確に理解できるようにすることで、最悪の事態を回避できる。
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が多くの人に届き、理解されれば、倭国は戦争の危機から脱することができる。右翼勢力の正体が明確になるからである。
狂気の国家観と正気の国家観を人々に知ってもらうこと。
これこそが最も重要である。
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よろしくお願いしたい。 November 11, 2025
戦争が起きれば、無数の人が苦しみの中で命を落とし、安全も生活も、そして権力を抑制する制度さえも崩壊する。それでも、状況によっては戦争を選ばざるを得ない局面があるかもしれない。だからこそ、戦争の是非を判断する際には、「本当に必要なのか」「勝算はあるのか」「どれほどの犠牲が生じるのか」といった、きわめて本質的な要素を真剣に検討するのが当然である。
しかし番組では、多くの若者は「前向き」「積極性」「頑張っている姿が見える」といった印象によって、首相──たとえば高市早苗氏──の支持を決めているとされる。財産を失う程度ならまだしも、中国との戦争のように国家の存亡と無数の命がかかる問題を印象で判断するのは、とてつもなく愚かである。中国との戦争に勝つことは現実的に考えがたいし、核兵器が使われなくても倭国中の原発が攻撃されれば、この国は人の住めない汚染地帯になる。これほど重大な問題を、「わかりやすさ」や「前向きさ」「積極性」「がんばっているのが見える」などで判断する人々を、他にどう呼べば良いのだろうか。
もちろん、芸能文脈で「前向きさ」を演出する三十代女性(そもそも若者ではない)を批判する意図はない。むしろ、そうした人々は社会的に巧みに立ち回っているのだろう。問題は、若者がこうした印象による判断に誘導される社会的構造の方である。
では、なぜ生命に関わる戦争の判断が、「前向き」「積極性」といったどうでもよい印象に左右されるのか。それは、命を預ける心臓外科医を「ハンサムかどうか」で選ぶような、通常あり得ない判断である。
それにもかかわらず、その「あり得なさ」が現実に生じるのはなぜか。
私が長年のいじめ研究で見出したのは、「みんなのノリに合っていること」が絶対的価値として畏怖される、小世界特有の秩序である。倭国の学校では徹底した集団主義のもと、感動やムードを共有し、生命の根底から一体化するような感覚が最高価値として刷り込まれる。その結果、「みんなの気持ちよいムード」に従うことが、命より重要になるケースさえ生じる。これが倭国の集団主義教育による人間形成の実態である。詳細は拙著『いじめの構造──なぜ人が怪物になるのか』(https://t.co/2WStHd9CEZ)を参照されたい。
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「前向き」「積極性」「頑張っているのが見える」といった評価は、学校の集団生活で「みんなから良いムードを得る力」として機能している。それ自体を娯楽として楽しむだけなら構わない。しかし、それを国家の存亡を左右する判断基準として用いることは許されない。戦争の決定にこれを持ち込むことは、どう考えても、とてつもなく愚かである。
とてつもなく愚かである。
何度でも言うが、この愚かさを生み出したのは学校の集団主義教育であると私は考えている。
さらに、ネット上で多数が特定個人を攻撃しているつもりの人々へ伝えたい。実名攻撃は突然、裁判所から呼び出される可能性がある。トラブルを避けたいなら、どこまでが法的に問題ないか、弁護士に相談しながら行動すべきである。
しかし、これは重要事項とも言えない。最も大切なのは、中国との戦争によって人が死に、国が滅びる事態を防ぐことである。人々の愚かさが最悪の指導者を選び、無謀な戦争を招く。これに対して、「右翼勢力とは何か」を人々が明確に理解できるようにすることで、最悪の事態を回避できる。
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が多くの人に届き、理解されれば、倭国は戦争の危機から脱することができる。右翼勢力の正体が明確になるからである。
狂気の国家観と正気の国家観を人々に知ってもらうこと。
これこそが最も重要である。
賛同される方、これ以上右翼勢力を強めてはならないと考える方は、どうか
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よろしくお願いしたい。 November 11, 2025
参政党員なら絶対読むべき神記事発見。
「核兵器は人類史上最も強力な平和維持装置」
→ 国際政治学の大家ケネス・ウォルツが40年前に証明した衝撃の結論。
1945年以降、大国同士の全面戦争がゼロなのは、核があるからこそ。
インドとパキスタンも核を持ってから大規模戦争ゼロ。
「核を持てば国は急に大人になる」
倭国が真の自主防衛を考えるなら、この論文を知らないと話にならないレベルです。
https://t.co/OXhJ71xIyA
#核拡散パラドックス #ウォルツ #もっと核で平和 #自主防衛 #参政党
https://t.co/qWUqLINlmo November 11, 2025
終末の黄昏:最後のワルツ
20XX年 世界は静かに終わろうとしていた。
始まりは第三次世界大戦。核兵器こそ全面的な使用は避けられたものの、その長期化と技術の極限的な投入により、世界中の国々は文字通り総力戦の果てに疲弊しきっていた。空は煤と化学物質の霧に覆われ、太陽は常に血のようなオレンジ色か、鉛色の雲の奥に隠れていた。大地は汚染され、かつて豊かな森や穀倉地帯だった場所は、無機質な鉄と瓦礫の墓場に変わっていた。
戦争は終結したのではない。ただ、全ての国が戦う力を失い、兵器を動かすエネルギーも、兵士を送り出す意志も、そして何より希望も尽きたため、停止したのだ。それは勝利者なき終戦であり、敗北者だらけの黙示録だった。
この世界は、もう手遅れの段階にあった。
「ああ、見てごらん、コウ」
年老いたマキは、錆びついた都市の展望台から眼下を見下ろしながら、隣に立つ孫に語りかけた。展望台の下には、かつて人々が「摩天楼」と呼んだガラスと鉄の亡骸が、毒々しい夕焼けを浴びて傾いていた。風は生ぬるく、腐った金属と遠い海の塩気、そして微かな放射性物質の匂いを運んでくる。
コウ、まだ十代前半の少年は、祖母の細い肩に寄りかかり、その光景を無感動に見つめた。彼の世代にとって、この滅びた世界こそが「普通」だった。
「あれが、祖父様と私が若い頃に暮らしていた街よ。当時は、もっと光に溢れていて、夜には星のように輝いていたのよ。人々は笑い、音楽が流れ、どこまでも自由に旅ができた。全てが、生きていたの」
マキの言葉には、感傷的な響きはなかった。ただ、事実を淡々と述べているだけだ。彼女の瞳は、廃墟となった街の向こうにある、僅かに残った自然の美しさに向けられていた。
戦争が文明を破壊した一方で、皮肉にも一部の地域では、人間の手が介入しなくなったことで、独自の生態系が形成され始めていた。汚染された川は、まだ青く澄んでいる場所があり、突然変異したかのように鮮やかな色の花が、瓦礫の隙間から咲き乱れていた。
「この世界は、今が一番美しいのかもしれないわね」
マキは呟いた。それは絶望ではなく、諦観と受容からくる言葉だった。人類が作り上げた醜いものが崩壊したからこそ、地球本来の生命力が、歪んだ形で再構築され、最後の輝きを放っている。この美しさは、人類の生命力を吸い取って咲いた、終焉の華だ。そして人類は、その最後の華を眺めるためだけに、かろうじて生き残っている。
コウは俯いた。彼が恐れているのは、戦争でも飢えでもない。祖母の記憶の中にある、「生きていた」世界だ。その想像上の世界と、今目の前にある「死につつある」世界のギャップが、彼の心を押し潰そうとする。
「俺たちは、どうなるの?」コウが訊ねた。
マキは静かに笑った。彼女の顔には深い皺が刻まれていたが、その瞳は澄んでいた。
「どうにもならないわ、コウ。私たちは、ただ終わるの。戦争で世界を壊した人類の責任を、最後まで見届けるために、生き残ったのよ。でもね、忘れないで。私たちは、この美しい世界の、最後の目撃者なの」
彼女はポケットから小さな種を取り出し、それを握りしめた。
「私たちは、もう世界を救えない。汚染を止められない。争いを止められない。それはもう、手遅れ。だけどね、私はこの種を、明日、あの川のほとりに植えるわ。それは、実を結ぶかもしれないし、すぐに枯れるかもしれない。でも、植えるという行為は、未来を信じた過去の私たちの、最後の抵抗なの。」
人類は滅びゆく世界の中で、壮大な救世主になろうとはしなかった。彼らは、ただ人間であろうとすることを選んだ。
最後の日のために、美しい風景をスケッチする者。
瓦礫の中で、かつての歌を奏でる音楽家。
愛する者の手を握り、静かに最期の夜を迎える恋人たち。
そして、この世界がどれほど美しかったかを、後の誰も読むことのない日記に書き残すマキのような人々。
彼らの行動は、世界を変える力を持たない。しかし、その一つ一つの行為が、「滅びゆく世界の中で、私たちは最後まで尊厳を失わなかった」という、人類の最後のメッセージとなる。
マキは立ち上がり、コウの肩を抱いた。
「さあ、帰りましょう。今夜の空は、きっと星が綺麗よ。この煙の中でも、まだ見える星がある。私たちは、それを探すのよ。」
彼らは、静かに傾く世界の黄昏の中、瓦礫の街をゆっくりと歩き始めた。世界は滅びに向かっている。だが、その滅びの瞬間に、人類はかつてないほど静かで、誠実で、そして美しかった。彼らの足音は、静かに終わりに向かう地球の、最後のワルツのリズムのように響いていた。 November 11, 2025
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