松尾芭蕉 トレンド
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2025.11.29 11:00
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331年前の今日、松尾芭蕉が亡くなりました。江戸時代前期の俳諧師。連歌から派生し庶民の娯楽として発展した俳諧は奇抜で娯楽性を重視した談林風が主流でしたが、芭蕉は幽玄と静寂性を重視する「蕉風」を確立して俳諧の芸術性を高めたことで俳聖と称されます。
伊賀国の藤堂良忠に料理人として仕えますが、俳人仲間もであった良忠が亡くなると、藤堂家を退転し江戸に移住。深川に芭蕉庵を構え、宗匠として弟子を取るようになります。その後、西行や能因といった先人の足跡を辿るために何度も長期間の旅に出ています。
弟子の曾良を伴った『おくのほそ道』の旅が特に有名。45歳にして1700kmの旅路を踏破した健脚と伊賀の出自から、忍者もしくは隠密説が出るほど。
門人同士の不仲を仲裁するために大坂に赴いた際に病に倒れ亡くなります。遺体は近江膳所の義仲寺に運ばれ、木曽義仲の墓の隣に葬られました。これは芭蕉の遺言によるものとのことです。
芭蕉の死後も与謝蕪村や小林一茶といった俳諧師によって俳諧はさらに普及。しかし、普及しすぎたことで芸術性よりも趣味化・大衆化します。明治時代に正岡子規がこれの現象を批判し、発句のみを独立させた文学性を持って「俳句」とし、今に残ることになりました。 November 11, 2025
おはゆぅ🐵✨
単発休み♨
月日は永遠の旅人であり、
過ぎては訪れる年も
また旅人のようなものである。
(松尾芭蕉×奥の細道)
もう11月もおわりますね
月曜日からは12月
この土日は大事にしたいです
今日も良い1日を 🍁 https://t.co/Mone8Wh1SJ November 11, 2025
「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」と松尾芭蕉が詠んだ立石寺
山寺と呼ばれるだけあって山が丸々寺になっており上まで行くのは骨が折れるが脚が元気なうちに一度は来た方が良い場所だと感じた https://t.co/44k68dpnQW November 11, 2025
去来というのは、向井去来のことです
長崎市出身の俳諧師で、松尾芭蕉のお弟子さんです🎀
この句は、芒塚という峠での別れの時に詠んだもので、バイバイと振る腕がススキに混ざって見えなくなっていく、悲しくも愛おしい情景が胸に浮かびます
出会いを糧に人生を歩む勇気をもらえる句だと思います https://t.co/Qn8AVX9iTY November 11, 2025
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