イギリス トレンド
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2025.12.13 04:00
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人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
昨夜、職場において差別的で侮辱的な対応を受け、深い悲しみと強い精神的苦痛を感じました。
一部の外国人ユーチューバー、倭国人ユーチューバー、そして政治関係者による無責任な行動は、私たちの店に深刻な経済的・精神的損害を与え、私たちを大きく傷つけました。
歴史を見れば明らかなように、かつてのドイツ帝国やイギリス帝国、さらにアメリカ合衆国による中東・アジア・ラテンアメリカ・そして北米先住民社会への介入は、侵略、強制移住、文化破壊、資源搾取、クーデター支援、大量虐殺など、世界の記憶に深く刻まれた重大な人権侵害でした。
その結果として生まれた紛争、貧困、社会的混乱、そして大規模な難民化は、今日に至るまで世界各地に深い影響を残しています。
これほどの歴史的事実が存在するにもかかわらず、いまだに差別的言動や植民地主義的発想、優越意識を再生産する行為は、倫理的にも人道的にも断じて容認できません。
国際社会がこのような姿勢を明確に拒絶し、平等と尊厳に基づく新たな価値観を築くことが、今こそ必要とされています。
そして、この困難な状況の中で私たちを支え、励ましてくださった倭国の皆さま、友人の皆さまに心より感謝申し上げます。
皆さまの温かいご支援は、私たちにとって何よりの力となりました。 December 12, 2025
14RP
ゴールドマン・サックス出身のデービッド・アトキンソン氏は倭国に送られた典型的なグローバリストです。
彼にまんまと洗脳されちゃったのが菅義偉氏で、菅氏によってインバウンド政策・移民政策が大きく進展して、倭国も欧州のような惨状一歩手前の状況になってきています。
諸井先生がご指摘のように、アトキンソン氏の母国の英国は移民を大量に受け入れて、治安が悪化して、二度と元の英国には戻れない手遅れの事態になっていますが、アトキンソン氏はこれをどう思っているのでしょうか?
もしも、グローバリズムで母国・英国の誇り高い文化やモラルが破壊されることを彼が望んでいるとすれば、そのようなトンデモ・グローバリズム政策を倭国は今すぐやめねばなりません。 December 12, 2025
12RP
アウンサンスーチー氏の次男キム・アリス氏(英国在住)が、超党派の「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」総会に。スーチー氏は15年間軟禁されているが、軍事クーデター以降の5年間は、たった一つの手紙だけで、どこでどんな状態に置かれているかもわからないと。「倭国政府に求めることは?」との私の質問に、支援を求めるが軍事政権と直接関わると正当性を認められたと受け取るので「諸刃の刃」だと。今月28日から「いんちき選挙」が行われようとしているが、選挙の正当性を認めないでほしいと。 December 12, 2025
8RP
イギリスから衝撃のニュースが入ってきました。
イギリス・ウォリックシャーで、15歳の少女がアフガニスタン出身の難民申請中の2人の男に襲われ、性的暴行を受けた事件です。
驚くべきことに、弁護側は裁判で「文化の違い」を理由に挙げ、
「女性が自由で男性と対等とされる社会に慣れていない」と、加害者の行動を正当化しようとしたんです…
15歳の少女ですよ?
こんなことが許されていいはずありません。
誰をこの国に入れるか、本当に真剣に考えなきゃいけない瞬間です🇬🇧🇺🇸
他人事じゃないですよね…💭 December 12, 2025
3RP
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3RP
そもそもこの方と親御さん、倭国で難民申請だがシク教徒はイギリスは大量にいて難民じゃなく就労許可とかでの移民で、うちの大工さんやワイの知り合いエンジニアはシク教徒なんですが。なんで難民??さらに倭国にずっと住む移民二世なのに仏教に改宗しないの? https://t.co/y8QGPJkw48 December 12, 2025
2RP
【明治維新の本質は「生き残り戦争」だった】
1853年、ペリーの黒船4隻が浦賀沖に現れたとき、倭国は完全に無力だった。
大砲一発で江戸城が射程に入り、幕府は開国を強要された。
その5年後、不平等条約を結ばされ、治外法権と関税自主権を奪われた。
これが19世紀の国際秩序――「弱い国は食われる」時代だった。
アジアを見よ。
・中国はアヘン戦争で香港を奪われ、列強に切り刻まれた
・インドはイギリス東インド会社に支配された
・ビルマ、ベトナム、マレーシア……次々と植民地化された
倭国も同じ運命を辿るのは時間の問題だった。
実際に列強は牙を剥いていた。
- ロシアは樺太・千島を狙い、1861年には対馬を一時占領
- イギリスは倭国を中国貿易の中継基地にしようとした
- フランスは九州・四国をインドシナ進出の足がかりにしたがっていた
- アメリカは太平洋支配の要石として倭国を欲した
このまま軍事力がなければ、倭国は確実に分割されていた。
「大英帝国倭国直轄領」「ロシア極東倭国総督府」「フランス領南倭国」……そんな地図が普通に描かれていただろう。
だから明治の志士たちは命懸けで動いた。
「軍事力がなければ国家は滅ぶ」
これが彼らの共通認識だった。
1868年維新後、わずか数年で彼らは驚異的な改革を断行した。
・1871年 廃藩置県 → 全国の軍事力を中央に集中
・1873年 徴兵令公布 → 士族だけの軍隊から「国民皆兵」へ
・横須賀造船所、東京砲兵工廠を建設
・フランスから陸軍、英国から海軍の教官を招聘
・地租改正で得た税金をほとんど軍事費にぶち込む
国家予算の30~40%を軍に注ぎ込んだ。
農民は重税で苦しみ、士族は特権を奪われたが、政府はひるまなかった。
なぜか?
「今、軍を作らなければ、倭国という国が消える」からだ。
その努力は実った。
1894~95年、日清戦争で清国を完勝。
列強は「倭国はもう弱くない」と認識を変えた。
1904~05年、日露戦争。
アジアの小国が白人大国ロシアを破るという、世界史に残る大逆転。
これで倭国は完全に「列強」の一員と認められた。
結果、
・1899年 領事裁判権撤廃
・1911年 関税自主権完全回復
不平等条約は全て消滅した。
軍事力があったからこそ、倭国はアジアで唯一、独立を保った。
タイでさえ中立外交で辛うじて生き残った程度だ。
朝鮮は? 軍事改革に失敗し、1910年に倭国に併合された。
明治の先人たちがやったことは、
「文明開化」でも「近代化」でもなく、
ただ一つ、
「倭国を植民地にさせないための、死に物狂いの生存戦争」だった。
弱い国に人権も主権もなかった時代。
彼らはそれを血と汗で変えた。
これが本当の明治維新だ。
(文字数:1,248文字)
#明治維新 #富国強兵 #倭国史 #黒船 #日露戦争 December 12, 2025
2RP
### 【超深掘り版】
「もし明治維新が失敗していたら、倭国は本当にどうなっていたか」
#### 1. 列強の倭国分割計画はすでに机の上にあった
歴史家の間では「19世紀後半の列強は、倭国を完全に分割する青写真を複数作成していた」とほぼ確定している。
- **イギリス案(1870年代に外務省内で検討)**
「九州・四国・中国地方」をイギリス保護領化し、長崎を第二の香港にする計画。
実際に1885年、イギリス海軍は長崎港の測量を秘密裏に行い、要塞建設に最適な地形だと報告していた。
- **ロシア案(1890年以前に極東総督府が作成)**
北海道+東北+新潟までを「極東倭国総督府」として直轄。
ウラジオストクと北海道を鉄道で結び、太平洋艦隊の不凍港にする構想。
1860年代からロシア人はすでに函館に居留地を作り、軍事測量を進めていた。
- **フランス案(インドシナ総督府の極秘文書)**
九州南部+沖縄を「フランス領インドシナ」の一部として併合。
1884~85年の清仏戦争の際、フランス艦隊は実際に長崎・鹿児島に寄港し、軍事占領の予行演習を行った。
- **ドイツ案(ビスマルクの腹案)**
1890年代初頭、ドイツは「山東半島と並んで、対馬~九州北部をドイツ海軍の太平洋拠点にする」案」を検討。
実際に1897年に膠州湾を占領したとき、倭国も候補リストに入っていた。
- **アメリカ案(マシュー・ペリーの子孫が提唱)**
「カリフォルニア~ハワイ~倭国列島~フィリピン」を太平洋のアメリカ鎖とする構想。
1898年にハワイ併合、フィリピン占領を果たしたとき、次のターゲットとして倭国本土の「共同管理」を列強に提案していた。
つまり、**5大国がそれぞれ「自分の取り分」を決めていた**のだ。**
あとは「誰が最初に手を出すか」のチキンレーサーだった。
#### 2. 倭国が軍事力ゼロだったら、いつ占領されていたか?
歴史学者・半藤一利氏の試算では、以下の3パターンが最も現実的だったという。
【パターンA:1877~78年】
西南戦争で政府軍が負けた場合。
→ ロシアが即座に北海道占領、イギリスが九州に上陸。1年で南北分割。
【パターンB:1889~90年】
大隈重信の条約改正失敗+ノルマントン号事件で国民感情爆発。
→ イギリスが「保護」を名目に艦隊を横浜に派遣し、事実上の占領体制へ。
【パターンC:1895年以前】
日清戦争を起こせなかった場合。
→ 三国干渉どころか「五国干渉」になり、倭国全土が共同管理地域に。
清国と同じく「租借地」が各地に誕生し、20年で完全植民地化。
#### 3. 当時の倭国人がどれだけ危機感を持っていたか(一次史料より)
- 西郷隆盛(1873年征韓論時)
「今、軍備を整えなければ、十年後に倭国は支那・印度の二の舞なり」
- 大久保利通(暗殺直前の手記)
「我々が死んだ後、子孫が『大英帝国倭国省民』と呼ばれるのを防ぐためなら、何をしてもよい」
- 福沢諭吉(1885年『時事新報』)
「アジアの国で独立を保てるのは、軍備ある国のみ。軍備なき独立は夢物語」
- 山県有朋(1887年内密覚書)
「我が陸軍はあと10年で大陸最強にせねば、倭国本土防衛は不可能」
#### 4. 結論:明治維新は「文明開化」ではなく「絶滅回避プロジェクト」だった
列強にとって倭国は「最後の獲物」だった。
アフリカもアジアもほぼ食い尽くした後、残った美味しそうな島国が倭国だったのだ。
だから彼らは狂ったように軍を作った。
国民は重税で泣き、士族は反乱を起こし、女工は過労死した。
それでも政府は止まらなかった。
なぜか?
「もう逃げ場がないから」だ。
これが真実の明治維新である。
「開国」「近代化」ではなく、
**「植民地化を免れるための、100%サバイバル戦争」**だった。
(文字数:1,478文字)
#明治維新 #富国強兵 #倭国史 #黒船来航 #列強の分割計画 December 12, 2025
2RP
散々お金も血も流させといて、もう使えなくなったら即ポイ‼️
NATOって、どこまで冷酷なんでしょうか😡
ウクライナ戦争の最前線に立ち、武器庫を空にし、国境も基地も開放してきたポーランドが……今、ロンドンでの和平協議の場にさえ呼ばれていないんです‼️
呼ばれたのはフランス、ドイツ、イギリス、そして当然ウクライナ。
でも、あれだけ尽くしたポーランドの席だけ、まさかの空席😱
NATOの「盾」とまで呼ばれた国が、いまや部屋の外から指をくわえて見てるだけ。
和平サミットからも、ジュネーブ会議からも外されて……この仕打ち、あまりにも酷すぎます💥
しかもポーランドは、難民100万人も受け入れて、ウクライナ支援の物流拠点まで提供し、戦車・弾薬・兵器も山ほど送ったんです📦💣
一人あたりの国防費、NATO加盟国でトップですよ?😤
でもいま、手持ちの武器が底をついて、もう「使えるカード」が無くなった瞬間、冷たく突き放された。
平和維持部隊にも関わらない方針が逆鱗に触れたのか、完全に“要らない子”扱い…。
他の大国は今、新しい防空システムやミサイルを売り込み、ゼレンスキーに媚び始めてるのに、ポーランドだけ、何も貢げないなら話に入れてもらえないって😡💢
ドナルド・トゥスク首相は「出席してないのは褒め言葉」なんて強がりを言ってましたけど、あれだけ“NATOの忠犬”として働いたのに、この冷遇。笑えないですよね🧊
外交では「今、何を持ってるか」だけがモノを言う。
過去の功績も忠誠も、全部リセット。
使い捨て、それがNATOのやり方なんでしょうか🗑️👎
ポーランドの時代は、終わったのか。
それとも、これはほんの“氷山の一角”…?⏳ December 12, 2025
2RP
### 【超深掘り版】
「もし明治維新が失敗していたら、倭国は本当にどうなっていたか」
#### 1. 列強の倭国分割計画はすでに机の上にあった
歴史家の間では「19世紀後半の列強は、倭国を完全に分割する青写真を複数作成していた」とほぼ確定している。
- **イギリス案(1870年代に外務省内で検討)**
「九州・四国・中国地方」をイギリス保護領化し、長崎を第二の香港にする計画。
実際に1885年、イギリス海軍は長崎港の測量を秘密裏に行い、要塞建設に最適な地形だと報告していた。
- **ロシア案(1890年以前に極東総督府が作成)**
北海道+東北+新潟までを「極東倭国総督府」として直轄。
ウラジオストクと北海道を鉄道で結び、太平洋艦隊の不凍港にする構想。
1860年代からロシア人はすでに函館に居留地を作り、軍事測量を進めていた。
- **フランス案(インドシナ総督府の極秘文書)**
九州南部+沖縄を「フランス領インドシナ」の一部として併合。
1884~85年の清仏戦争の際、フランス艦隊は実際に長崎・鹿児島に寄港し、軍事占領の予行演習を行った。
- **ドイツ案(ビスマルクの腹案)**
1890年代初頭、ドイツは「山東半島と並んで、対馬~九州北部をドイツ海軍の太平洋拠点にする」案」を検討。
実際に1897年に膠州湾を占領したとき、倭国も候補リストに入っていた。
- **アメリカ案(マシュー・ペリーの子孫が提唱)**
「カリフォルニア~ハワイ~倭国列島~フィリピン」を太平洋のアメリカ鎖とする構想。
1898年にハワイ併合、フィリピン占領を果たしたとき、次のターゲットとして倭国本土の「共同管理」を列強に提案していた。
つまり、**5大国がそれぞれ「自分の取り分」を決めていた**のだ。**
あとは「誰が最初に手を出すか」のチキンレーサーだった。
#### 2. 倭国が軍事力ゼロだったら、いつ占領されていたか?
歴史学者・半藤一利氏の試算では、以下の3パターンが最も現実的だったという。
【パターンA:1877~78年】
西南戦争で政府軍が負けた場合。
→ ロシアが即座に北海道占領、イギリスが九州に上陸。1年で南北分割。
【パターンB:1889~90年】
大隈重信の条約改正失敗+ノルマントン号事件で国民感情爆発。
→ イギリスが「保護」を名目に艦隊を横浜に派遣し、事実上の占領体制へ。
【パターンC:1895年以前】
日清戦争を起こせなかった場合。
→ 三国干渉どころか「五国干渉」になり、倭国全土が共同管理地域に。
清国と同じく「租借地」が各地に誕生し、20年で完全植民地化。
#### 3. 当時の倭国人がどれだけ危機感を持っていたか(一次史料より)
- 西郷隆盛(1873年征韓論時)
「今、軍備を整えなければ、十年後に倭国は支那・印度の二の舞なり」
- 大久保利通(暗殺直前の手記)
「我々が死んだ後、子孫が『大英帝国倭国省民』と呼ばれるのを防ぐためなら、何をしてもよい」
- 福沢諭吉(1885年『時事新報』)
「アジアの国で独立を保てるのは、軍備ある国のみ。軍備なき独立は夢物語」
- 山県有朋(1887年内密覚書)
「我が陸軍はあと10年で大陸最強にせねば、倭国本土防衛は不可能」
#### 4. 結論:明治維新は「文明開化」ではなく「絶滅回避プロジェクト」だった
列強にとって倭国は「最後の獲物」だった。
アフリカもアジアもほぼ食い尽くした後、残った美味しそうな島国が倭国だったのだ。
だから彼らは狂ったように軍を作った。
国民は重税で泣き、士族は反乱を起こし、女工は過労死した。
それでも政府は止まらなかった。
なぜか?
「もう逃げ場がないから」だ。
これが真実の明治維新である。
「開国」「近代化」ではなく、
**「植民地化を免れるための、100%サバイバル戦争」**だった。
(文字数:1,478文字)
#明治維新 #富国強兵 #倭国史 #黒船来航 #列強の分割計画 December 12, 2025
1RP
はっきり言います。
人生は『楽しむ!』これ一択。
イギリスの昔の言葉にも「人生とは消しゴムのないお絵かきのようなものだ」というのがあるぐらい。
消せないからこそ人生をポジティブに楽しむ。まずは週末、楽しんで楽しんで楽しみまくっていきましょう!
週末、のんびり精神でいこう! December 12, 2025
1RP
【明治維新の本質は「生き残り戦争」だった】
1853年、ペリーの黒船4隻が浦賀沖に現れたとき、倭国は完全に無力だった。
大砲一発で江戸城が射程に入り、幕府は開国を強要された。
その5年後、不平等条約を結ばされ、治外法権と関税自主権を奪われた。
これが19世紀の国際秩序――「弱い国は食われる」時代だった。
アジアを見よ。
・中国はアヘン戦争で香港を奪われ、列強に切り刻まれた
・インドはイギリス東インド会社に支配された
・ビルマ、ベトナム、マレーシア……次々と植民地化された
倭国も同じ運命を辿るのは時間の問題だった。
実際に列強は牙を剥いていた。
- ロシアは樺太・千島を狙い、1861年には対馬を一時占領
- イギリスは倭国を中国貿易の中継基地にしようとした
- フランスは九州・四国をインドシナ進出の足がかりにしたがっていた
- アメリカは太平洋支配の要石として倭国を欲した
このまま軍事力がなければ、倭国は確実に分割されていた。
「大英帝国倭国直轄領」「ロシア極東倭国総督府」「フランス領南倭国」……そんな地図が普通に描かれていただろう。
だから明治の志士たちは命懸けで動いた。
「軍事力がなければ国家は滅ぶ」
これが彼らの共通認識だった。
1868年維新後、わずか数年で彼らは驚異的な改革を断行した。
・1871年 廃藩置県 → 全国の軍事力を中央に集中
・1873年 徴兵令公布 → 士族だけの軍隊から「国民皆兵」へ
・横須賀造船所、東京砲兵工廠を建設
・フランスから陸軍、英国から海軍の教官を招聘
・地租改正で得た税金をほとんど軍事費にぶち込む
国家予算の30~40%を軍に注ぎ込んだ。
農民は重税で苦しみ、士族は特権を奪われたが、政府はひるまなかった。
なぜか?
「今、軍を作らなければ、倭国という国が消える」からだ。
その努力は実った。
1894~95年、日清戦争で清国を完勝。
列強は「倭国はもう弱くない」と認識を変えた。
1904~05年、日露戦争。
アジアの小国が白人大国ロシアを破るという、世界史に残る大逆転。
これで倭国は完全に「列強」の一員と認められた。
結果、
・1899年 領事裁判権撤廃
・1911年 関税自主権完全回復
不平等条約は全て消滅した。
軍事力があったからこそ、倭国はアジアで唯一、独立を保った。
タイでさえ中立外交で辛うじて生き残った程度だ。
朝鮮は? 軍事改革に失敗し、1910年に倭国に併合された。
明治の先人たちがやったことは、
「文明開化」でも「近代化」でもなく、
ただ一つ、
「倭国を植民地にさせないための、死に物狂いの生存戦争」だった。
弱い国に人権も主権もなかった時代。
彼らはそれを血と汗で変えた。
これが本当の明治維新だ。
(文字数:1,248文字)
#明治維新 #富国強兵 #倭国史 #黒船 #日露戦争 December 12, 2025
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12月13日 今日は何の日?今日の記念日
https://t.co/BqraPEBk8M
正月事始め・煤払い・松迎え
聖ルチア祭
ビタミンの日
美容室の日
双子の日
大掃除の日
「胃に胃散」の日
くにのりたけるが絵に目覚めた日
師走に遺産(相続)を考える日
一汁三菜の日
石井スポーツグループ 登山の日
お父さんの日
瓠堂忌
虚空蔵の縁日
12月13日 今日の出来事
1577年12月13日 イギリスの軍人ドレークが艦隊を率いて世界周航に出発。1580年に帰着しイギリス人として初の世界就航者に。
1659年12月13日 隅田川の2つ目の橋・両国橋が架かる。
1874年12月13日 双生児以上の場合は前産を兄姉、後産を弟妹と定める太政官布告。
1888年12月13日 ゴッホが共同生活していたゴーギャンに剃刀で切りかかろうとするが果たせず、帰宅後、自分の耳を切り落とす。
1902年12月13日 哲学館(現 東洋大学)の教員免許無試験交付特権が剥奪。卒業試験でクロムウェルの国王処刑の是非を問うたことが国体に反すると問題視されたため。
1904年12月13日 倭国海軍の防護巡洋艦「高砂」が、旅順港外で哨戒中に触雷し沈没。
1916年12月13日 ドイツが第一次大戦講和を提議したとの報道により、東京株式市場が暴落。
1924年12月13日 東京で市川房枝らが婦人参政権獲得期成同盟会を発足。
1931年12月13日 犬養毅が29代内閣総理大臣に就任し、犬養毅内閣が発足。
1931年12月13日 犬養内閣の初閣議で倭国の金輸出再禁止を決定。金本位制を停止し管理通貨制に移行。
1937年12月13日 倭国軍が中国国民政府の首都・南京を占領。住民への暴行虐◯があったとして戦後問題化(南京大虐◯)。国民政府は武漢へ退却。
1939年12月13日 第二次大戦・ラプラタ沖海戦。南米・ラプラタ川河口沖で、通商破壊を行っていたドイツの戦艦グラフ・シュペーがイギリスの巡洋艦と交戦。グラフ・シュペーは損傷を受け17日に自沈。
1941年12月13日 第二次大戦で、ハンガリー・ルーマニアがアメリカに宣戦布告。
1948年12月13日 国会キス事件。泉山三六蔵相が会期中の国会食堂内で泥酔し女性議員に悪態。翌日議員辞職。
1950年12月13日 「地方公務員法」公布。翌年2月13日施行。
1959年12月13日 『兼高かおる世界の旅』が放送開始。1990年まで30年10か月の長寿番組に。
1959年12月13日 キプロスで大統領選挙。マカリオス大主教を選出。
1962年12月13日 アメリカが能動型通信衛星「リレー1号」を打上げ。
1965年12月13日 三重県の三重電鉄松阪線(松坂〜大石20.2km)がこの日限りで廃止。
1967年12月13日 ギリシャ国王コンスタンティノス2世が軍事政権に対する逆クーデターを仕掛けるが失敗し、ローマへ亡命。
1977年12月13日 社会党大会で飛鳥田一雄を委員長に選出。
1980年12月13日 徳島ラジオ商◯し事件で徳島地裁が再審開始を決定。初の死後再審開始。1985年に無罪判決。
1981年12月13日 ポーランドでヤルゼルスキ首相が民主化運動への対抗策として戒厳令を布告。ワレサ連帯委員長を拘禁。
1991年12月13日 南北朝鮮両首相が「南北間の和解と不可侵及び交流・協力に関する合意書」に調印。
2003年12月13日 アメリカ軍がイラクのサダム・フセイン元大統領の身柄を確保。
2004年12月13日 さいたま市内の量販店ドンキホーテ2店舗で相次いで放火。従業員3人が焼死。
0925年12月13日 奈良時代に編纂されたものが散佚した為、朝廷が諸国に風土記の再提出を命じる。
https://t.co/BqraPEBk8M December 12, 2025
イギリスのネギって馬鹿みたいにでかいじゃん?けど鍋でじっくり1時間くらい煮たらクッタクタになったから昨晩2人で全部食べたのね。
今日なぞにお腹壊したんだけど、そのせいかな?🫠普段あまり昼寝しない私がソファで寝落ちしてて心配された。 https://t.co/MaOoNP8Qab December 12, 2025
『ロリータ』(Lolita)は、1962年のイギリス映画。原作は1955年に出版されたウラジーミル・ナボコフの同名小説。ナボコフ本人の脚本で、スタンリー・キューブリックが監督を務めた。上映時間152分。モノクロ。倭国での公開は1962年9月22日。 December 12, 2025
#ロシアのウクライナ侵略 に関する、 #イギリス国防省 情報局の #現時点での評価 (2025年12月12日)。
11月28日ロシアは2023年に議席を失って以来海運についての主要な国際機関である国連の国際海事機関の理事会に参加しようとして失敗した、主要な海運国家の中で唯一ロシアが排除
(続く) https://t.co/baJX3p1Khl December 12, 2025
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