京都大学 トレンド
0post
2025.12.17 14:00
:0% :0% ( 40代 / 男性 )
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
九大の月一の粗大ゴミの日。
博物館スペースに置いていた、京大時代から?のボスの機器類を捨てるよう、博物館からお願いされ、博物館からはパーティションを廃棄。
誰もうちから捨てないけど大丈夫なのだろうか。
地獄を見そうだ…。 https://t.co/2qSLYtnpmq December 12, 2025
@kahoyade330 東京大遠征⑦おつかほさまです。
Rustは、少女kahoみたいなセットリストの様にも感じました。
大仕事終えて、一服🍵🍪してる頃合いでしょうか。今朝から二度寝、三度寝は勿論、ひとときを♨️風呂&食べたーい本能解放して甘やかし🍨、心身おいたわり下さいませ。
🧅では🌠
感謝 December 12, 2025
#けいはんな
#けいはんなイノベーションハブ
#イベント・セミナー
今回ご紹介する記事:「【京大農場】2026年度社会人履修証明プログラム履修者募集」
#イベント #セミナー
https://t.co/GHOfl5E08i December 12, 2025
#タイマス2025 ニコニコ動画にもアップしました!
ぜひ好きなポイントを沢山コメントでお聞かせくださいね♪
#京大NF2025
https://t.co/eIGV2N1KZI December 12, 2025
【試合結果】
七帝戦vs京都大学との試合結果です。
阪大 4 | 2 | 1 | 7
京大 1 | 0 | 0 | 1
7-1で大阪大学の勝ちです。
#️⃣7布引#️⃣14永山#️⃣25徳田#️⃣94田中#️⃣29椎葉#️⃣34藤本#️⃣33成松のご家族様より差し入れを頂きました。
差し入れや応援のお言葉をくださった皆様、本当にありがとうございました。 https://t.co/OxCvJ6OB8x December 12, 2025
大学でやりたいことを見失ってる。高校時代は秘封に憧れて京大で宇物やりたいと思ってたけど、浪人期に東方熱が若干冷め、数学苦手すぎて理学部も総人も諦め、農学部に入れたのはいいものの応用分野にはあまり興味が湧かない。文学部転入も考えてるけどやっぱ植物も好きで迷ってたら転入申込を逃した。 December 12, 2025
我々京大独自の学費免除制度廃止に反対の有志は以下のキャンペーンを行っております。
京大独自の入学料・授業料免除制度の存続ためにご協力お願いします。
#独自制度存続
リンク
https://t.co/RuA4C5KQOv December 12, 2025
#独自制度存続
京大受験生に今回の入学料・授業料免除制度変更がどう影響を与えているか京都大学に示したいので、アンケートご協力よろしくお願い致します!
もちろん学内学外社会人の方も今回の制度変更についてのご意見いただけたら嬉しいです!
https://t.co/Jt0lkciQ0i December 12, 2025
山上被告の亡き父親は、京大時代に後にテルアビブ空港乱射事件を起こして死亡する安田安之とマージャン仲間だった
山上被告の母親は社長令嬢。見合い。しかし夫は山上被告4才の時に自死。
母親が教会に行ったのは山上被告11才の時
やがて祖父の会社バブル崩壊
後継ぎがおらず母は建設会社を引継ぐ https://t.co/yrbZuyKmAw December 12, 2025
今日好きに出てる時点で受験自体を真面目にやってないだろ
俺は落ちてからずっと「京都大学、好きになりました」略して「京好き」してたんだよ、ずっと勉強してきたんだよ
って言おうと思ったけど年下のイケメン男子にキレてるのが惨めすぎて、ブサメン浪人男子の顔が更に涙で醜くなってきた https://t.co/u6pvEvw3ms December 12, 2025
今、ふと気がついたのですが、実は以前から薄々感じてはいたこととして、「知的生産」という言葉の意味が、時代とともにかなり変質してきているのではないか、ということがあります。
おそらく、この言葉が倭国で強く定着した最初の契機は、梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969年、岩波新書)だったのだと思います。あの本では、かな文字タイプライターや京大カードといった具体的な道具立てが紹介されていましたよね。
のちに1980年代に入るとワープロが登場し、物理的な執筆環境は大きく変わっていくわけですが、その前段階として、あの本が提示していた「知的生産」のイメージは、かなり明確だったと思います。
さらに言えば、川喜田二郎によるKJ法(方法論としては1960年代に体系化)が、この流れの中に位置づけられます。
ただ、KJ法というのは、もともとは人類学や社会調査におけるフィールドワークの技法なんですよね。梅棹さんもですが。断片的なデータや観察記録をカード化し、そこから構造を浮かび上がらせるという方法は、学術的だけどフィールドワークの現場での実践から生まれたものです。つまり、初期の「知的生産」論というのは、かなり強く現場研究実務に根ざしたものでした。
一方で、もう一つ別の大きな流れとして、渡部昇一『知的生活の方法』(1976年、講談社)があります。これはベストセラーになりましたし、その成功を受けて、外山滋比古(代表作『思考の整理学』1983年、筑摩書房)など、編集者側が「これはいける」と判断して、同種の本を書かせていった側面もあるでしょう。
ある意味で、「知的生産」や「知的生活」というジャンルが、出版ビジネスとして成立した瞬間だったとも言えます。
こちらの系譜で語られる「知的生産」は、最近言われるところの「令和人文主義」とも、どこか通じるところがありますね。教養的でしかし実践的であるかのように語られる。その雰囲気自体が、すでに一つのスタイルになっている。
ここで非常にアイロニカルなのは、渡部昇一という人自身の評価のされ方です。一般向けの文章、いわば一般書・啓蒙書を書きすぎたために、「一般論を書く人」という側面ばかりが強調されてしまっていますが、実際にはカードを用いた知的整理の技法をきちんと体得した、正統派の学者だったわけですよね。学者として、自分の思考や読書のログを書き出し、蓄積し、再利用する方法論を、彼は確実に持っていました。
その方法論は、注意深く読めば、実は著作の中にきちんと書かれています。ただし、それが前面に出てこない。編集的な意図もあって、どうしても「誰でも真似できそうな知的生活術」のほうが目立ってしまう。
結果として、本来は高度に専門的で、訓練を要するはずの知的生産の技法が、やや大衆化され、「知的な傾向を持つ人たちが手軽に真似できるもの」という形で流通してしまった、という面があるように思います。
このあたりが、「知的生産」という言葉の意味が、時代とともに変わってきた核心部分なのではないでしょうかね。研究実務としての知的生産から、ライフスタイルとしての知的生産へ──その移行が、意識されないまま進んできた。その結果として、同じ言葉を使いながら、実際に指している内容は、かなり違ってきているように感じるのです。 December 12, 2025
<ポストの表示について>
本サイトではXの利用規約に沿ってポストを表示させていただいております。ポストの非表示を希望される方はこちらのお問い合わせフォームまでご連絡下さい。こちらのデータはAPIでも販売しております。



