ホイッスル! アニメ
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2025.11.27 01:00
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【初任給で手に入れたホイッスル】
約20年前、教師として初めての給料を受け取ったとき、どうしても欲しいものがありました。
それは、野田鶴声社が誇る、1986年メキシコワールドカップで使用されたホイッスルです。
東京・葛飾区の下町で丁寧な手作業によるホイッスル製造を続けてきた野田鶴声社。
その名は「鶴の一声」という諺から名付けられ、まさにその音色が世界のサッカー界を支配してきました。
真鍮製の四層構造と高精度加工、そしてオリジナルのコルクボールが生み出す音色は、当時、世界中の審判たちを魅了したのです。
このホイッスルが奏でる音は、当時一般的な胴太の笛の「ホルルルル」という音とは全く異なります。
スタイリッシュな鋭細の笛からは、空気を切り裂くような高音でありながら、決して不快ではない「ピンッ」という小気味のよい音色が響きました。
これこそが、下町の職人が何度も試行錯誤を重ね、一つひとつ手作業で磨き上げていった証なのです。
当時、初任給の中から約8000円だったと思います。
今では倍以上の価格となっているこのホイッスルに、新米教師がかける金額としては異常だったかもしれません。
私は、子どもたちを主役にしたいと強く願っていました。
ゴールを決める華やかな子も、懸命に走り回る子も、サッカーが苦手な子も、すべての子どもがフィールドで笑顔になってほしい。
審判は、そのゲームをコントロールし、すべてのプレーヤーを公平に見守る存在です。
当時の私は、教師もまた同じだと考えていました。
今では教育観も変わり、判断は子ども自身が行うべきだとか様々に考えるようになりましたが、その青さもまた、私の原点なのです。
そして、素晴らしい職人技の象徴を毎日首からお守りのようにぶら下げることが、私のオンとオフを切り替える大切なルーティンとなりました。
ホイッスルを手に取り、紐を首にかける瞬間、私は教師になるのです。
あれから約20年。
野田鶴声社は廃業してしまいました。
今、モルテンが同じ形状のホイッスルを数百円で販売しています。
音は客観的には変わらないと感じました。
現代の技術の前に、職人の手仕事は敗れ去ったのです。
しかし、現代のサッカーの試合で響く笛の音は、今でもあの「ピンッ」という音色なのです。
ゼロから一を創り出した職人技。
世界中のスタジアムに響く音色を、葛飾区の小さな工房から生み出した技術。
それは今も、形を変えながら受け継がれているのです。
ホイッスルは、今も大切に保管しています。
吹き口のメッキは剥がれ、ところどころに傷があり、購入当時の輝きはもうありません。
しかし、これらの傷は、私が歩んできた道のりそのものです。
子どもたちと過ごした日々、悩み苦しんだ瞬間、そして喜びに満ちた時間。
すべてがこのホイッスルに刻まれているかのように思っています。
私の教師人生の原点であり、そして今も心の中で「初心を忘れるな」「懸命に頑張れ」と澄んだ音色で鳴り続ける、そんな宝物です。 November 11, 2025
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