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ベーコンエッグ
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2025.12.14 13:00
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社会人生活が始まって二週間
新品のスーツにも
まだ糊のきいたワイシャツにも体は馴染んでいない
「よし、やるぞ」
昨夜、スーパーで食材を買い込んだ時はあんなに意気込んでいたのに
スマホのアラームを止めてから、わずか30分でその野望は脆くも崩れ去った…
慣れない料理
どれを使えばよくわからない調味料
そして何より
刻一刻と迫る電車の時間…
味噌汁を作る? サラダを用意する?
そんな余裕はどこにもなかった…
結局テーブルの上に並んだのは
予約炊飯で炊きあがったばかりの白飯と、強火で急いで焼いたために縁が少し焦げたベーコンエッグだけ
「…いただきます」
静まり返ったワンルームに自分の声だけが響く
熱々の白飯を頬張り
半熟の黄身を崩してベーコンと一緒に口に運ぶ…味は悪くない
けれど、圧倒的に「何か」が足りない
ふと、実家の食卓が脳裏をよぎる
毎朝、僕が起きてくる頃には、当たり前のように食卓には湯気が立ち上っていた
具沢山の味噌汁、焼き魚、卵焼き、そして彩りのいい小鉢まで
母さんは「早く食べないと遅れるわよ」なんて言いながら、僕が顔を洗っている間に弁当まで包んでくれていたのだ
あの食卓を用意するために、母さんは一体毎朝何時に起きていたんだろう
自分の身支度だってあったはずなのに、働きながら、毎日欠かさず、文句も言わずに
醤油をかけただけの目玉焼きを見つめると、急に胸の奥がツンと痛くなった
「魔法じゃなかったんだな」
あれは全部、母さんの時間と労力を削って作られた愛情だったのだと、一人になって初めて気づく
時計の針は容赦なく進む…
最後の一口を慌ててお茶で流し込み、食器をシンクへと運んだ
洗うのは帰ってからだ
「…今度、『ありがとう』って送ろう」
カバンを掴み、玄関のドアを開ける
春の少し冷たい風が、熱った頬に心地よい
今までよりも少しだけ背筋を伸ばし
僕は「行ってきます」と小さく呟いて、朝の雑踏へと歩き出した December 12, 2025
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