ジェイド トレンド
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2025.12.04 01:00
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『魔法使いの先生』――「二人について」②
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エリオットの寝室を出ると、廊下の空気はひどく冷たく感じられた。
朝の光が差し込む窓をいくつか通り過ぎ、いつものように何気ない顔で、足音を立てないよう歩を進める。
侍女たちの気配はまだ遠い。
誰にも会わずに部屋へ戻れる、と頭のどこかで計算していた。
自室の扉の前まで来たところで、ルイの足がふっと止まる。
「……」
扉の向こうから、かすかな揺らぎが伝わってきた。
木の板を通して滲むような、微細な魔力の波。
昨夜までこの部屋にはなかった気配だ。
誰かが入った。
たしかに魔術師の残り香がある。
そして、この魔力は――よく知っている。
指先がわずかに震えた。
扉に触れた掌に力を込め、静かに押し開ける。
部屋の中は、出ていったときと同じように整っていた。
椅子も本も、そのまま。
寝台のシーツだけが少し乱れていて、昨夜までの自分の生活がここに続いていることを告げている。
ただひとつだけ、違うものがあった。
机の上。
書きかけの書類の横に、小さな花束が置かれている。
白と淡い黄色の小花が、朝の光を受けて静かに開いていた。
ルイは近づき、そっと手を伸ばした。
指先が花弁に触れた瞬間、微かな魔力の筋が肌を撫でる。
花の中心から、やわらかな術式の気配が広がっていた。
「……枯れない花の……〝魔法〟」
かすれた息のような声が漏れる。
手の中の花束には、その術がかかっている。
ぎこちないが、確かに正しく組まれた術式。
魔力の癖も、過去に何度も触れたものと同じだ。
――この魔術は、ルイが、ジェイドに初めて教えた魔術。
胸の奥で、何かがきしんだ。
昨夜刻まれたばかりの痕がローブの下で疼く。
エリオットの熱をまだ体が覚えているのに、花から立ちのぼる気配は、別の誰かの手の温度を思い出させた。
「……」
ルイは花束をそっと抱き上げる。
腕の中に収めるように胸へ引き寄せると、ふわりとやさしい香りが立った。
それは、本来なら時間とともに失われていくはずの匂いだ。
けれど、手の中の花はずっと咲き続ける。
枯れることなく、この部屋にあり続ける。
長く息を吸い込んで、吐き出すことがうまくできなかった。
視界がにじんでいく。
何に対して泣きたいのか、自分でもうまく分からない。
それでも、堰き止めていたものが音もなくあふれ出して、肩が小さく震えた。
花束を胸に抱きしめたまま、ルイは目を閉じる。
誰の声も届かない、静かな部屋の中で、ひとりきりで震える。
朝の光だけが変わらず差し込み、色褪せない花々を照らしていた。 December 12, 2025
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