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サンフランシスコ
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2025.11.30 01:00
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斬新な提言
「アメリカがサンフランシスコ講和条約と日米安保条約を破棄し、国連憲章第53条敵国条項発動条件の地域的取極をPRCと締結し米中同盟が成立、対日敵国条項発動を米中同時に宣言した場合倭国は勝てないだろう」
とのこと
なるほど、それをやられたら倭国はどうしようもない https://t.co/Sd4mDBZJaz November 11, 2025
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「負けた国が、敗戦を記念して、
どうするんだって。そんな馬鹿な話は聞いた事がない」ビートたけし『新潮45』1995年10月号
敗戦を、終戦と言い換えて、
占領軍を、進駐軍と言い換える
卑屈さ。
「終戦の日」なら、8月15日ではなく9月2日ですね。当然、降伏文書調印の日。
8月15日は、連合国側に「ポツダム宣言」にいう降伏条件受諾の意向を通告し、その事実を公表した日(天皇の玉音放送)。
つまり、昭和天皇が、この戦争を終わらせましたという、国内向けの権威付け、プロパガンダですね。
A級戦犯合祀後、天皇/皇族は、
終戦の日に靖国神社に参拝していないですね。明確なサンフランシスコ講和条約に違反ですから。
それを知ってて、保守政治家の方々は、「私的参拝」をされていますね。外交で孤立状態になってほしいですね。滅茶苦茶ですから、倭国は。まぁ、いずれとんでもない事態になります。現政権の支持率も高いですから。
靖国神社が大好きな高市首相。 November 11, 2025
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石破茂前首相の「台湾は中国の一部。変えてはならない」発言を中国政府が利用した!売国奴め!倭国は台湾領有権を主張する中国を「理解・尊重する」と声明を出したが、「承認」と「理解・尊重」は違うぞ。
勘違いするなよ!
まずな、倭国は1895年の下関条約で台湾と澎湖諸島の統治権を獲得した。
そして、1952年のサンフランシスコ平和条約で、台湾・澎湖諸島の「統治権」を放棄した。
このサンフランシスコ条約に、中華人民共和国も中華民国も署名していない。というか無関係。
なのに、いま中国政府は「倭国はサンフランシスコ条約で~」といっておる。ガチで無関係じゃぞお前ら。
で、台湾という「土地」を放棄すると倭国は承諾したので、台湾は「どこの領土でもない土地」となったわけじゃ。
すると、かつて地球上にたくさんあった「誰の領土でもない島」が、イギリスやスペインの実効支配で今日も領土となっているのと同じようになるわけじゃ。
台湾の実効支配は、中華民国がした。ただ、それだけの話なんじゃ。
でもな、「土地」については放棄したが、「人」についてはサンフランシスコ条約では「曖昧」な点があったため、
倭国は1952年に中華民国と「日華平和条約」を締結し、その第10条で、
「かつて台湾の住民であった人、現在住民の人、そしてその子孫」が「中華民国の国籍」であることを決めたわけじゃ。
でな、日華平和条約を締結して20年後の1972年に、倭国は中華人民共和国と「日中共同宣言」を締結した。
この第3条で、「中華人民共和国が台湾は領土だと主張していることについて、倭国は理解・尊重する」と定めたわけだな。
あのな、「理解・尊重」と「承認」は全く違うぞ。
「そうなんですね~」が「理解・尊重」で、承認は法的効力を持つ。
結局、「法的概念」というのは文明人にしかわからんからな。
今日、石破茂さんが「台湾は中国の領土」だと主張し始めたが、こういう輩をみてわかると思う。
「話が通じない」わけだな。単語の意味を読み取る力がないから、もうめちゃくちゃ。
だから、日中共同宣言第6条では「武力による威嚇をしないこと」と決めているのに、
「倭国人民を火の海に投げ込む」など核攻撃による大量虐殺を示唆するなど、「威嚇」をいましまくっているわけじゃ連中は。
もう無理だろこれ。根本的にワシらと違う。
いずれにしても、
倭国は日華平和条約で「台湾に住んでいる人は中華民国の国籍」と決めて、この条約が倭国の国会決議やほかの条約で明確に特定されて破棄された事実はない。
条約というものは時限式(有効期限の定め)でない限り、ほかの条約で明確に否定されてはじめて失効するわけじゃ。
なので、日韓基本条約(1965年)では、第2条で明確に「1910年の韓国併合条約は無効」と書いたわけじゃ。
というのもサンフランシスコ条約で朝鮮の統治権を倭国は放棄したが、
韓国併合条約で「朝鮮人の保護と福祉」の義務が定められていたからな。
土地と違って人は移動するから、ちゃんと「失効」を法制化しないとダメなんだな。
ちなみにじゃが、戦後まもなくから、朝鮮人の生活保護が認められたのも、韓国併合条約がまだ有効だったからなんじゃな。
倭国は、朝鮮人の福祉について法的責任があることを韓国併合条約第6条で定めて、天皇陛下の御名御璽を戴いた。
だから朝鮮人を税金で保護するのは当然だった。まあ、それが現在も続いているのどうかとワシは思うぞ。
以上までを、簡単にまとめるぞ。
①台湾の土地を倭国は放棄した。帰属先についての取り決めはない。
②台湾を放棄したサンフランシスコ条約に中国は参加しておらず無関係
③台湾人の国籍については中華民国だと倭国は日華平和条約で定めた。
④日華平和条約が失効していると具体的に決定した国会決議や条約条文はないが、韓国併合条約は失効したと明確に定めた日韓基本条約がある。
現代史も数十年たつと忘れられてしまう。
国民のワシらが忘れてしまうと、高市総理らが「なぜ、そう言っているのか」理解できず、「支持する」ということが出来なくなり、
中国の資金提供を受けたマスコミの「デマ」に洗脳されたり、だまされてしまう。そして高市政権を支持しなくなり、最終的には中国の侵略戦争を歓迎する「倭国の総理」の誕生に加担してしまう。
それは最悪の未来だ。
どうして毎日、ワシが、このポストを書いているのか。
ワシが書けば、最低数万人からうまくいけば最高で200万人くらいが読むからじゃ!! 得た知識は倭国という国を守る「意志」となる。
ワシらの意志こそが、国を守る。
みんなの意見を聞かせてな!
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(速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ)
ワシの書いた「新大東亜戦争肯定論」は、歴史認識の正常化こそ倭国復活のカギとなる、という考えで6人産み育てる中で一生懸命書いた。 高市政権がこれから進める歴史認識の正常化について、ぜひ読んで先行知識をゲットして頂きたい!
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写真はわが子を抱くワシじゃ。
この子たちのために政治がある。外交がある。国防がある。国を守るのはワシら精神じゃ! November 11, 2025
白洲次郎さんの言葉通り、熱意こそが歴史を変える力の源泉だと思います。倭国史の明治維新を見ても、あの時代のリーダーたちが持っていた情熱がなければ、あれほどの変革は成し遂げられなかったでしょうね。そして、困難な壁に直面した時、最後に勝負を決めるのはまさに心の奥底にある
➡︎「絶対にやり遂げる」という揺るぎない意志です。
それが人を動かし、状況を好転させる本当の鍵だと思います。こうした考えに、心から共感します!
この白洲次郎さんの熱意は、彼自身の人生と功績にまさに体現されています。1902年に兵庫県芦屋市で生まれ、英国ケンブリッジ大学に留学して英語をマスターした彼は、戦前の実業家として活躍した後、戦後倭国の復興に大きく貢献しました。
特に、吉田茂首相の側近としてGHQ(連合国軍総司令部)との交渉を一手に引き受け、
➡︎「従順ならざる唯一の倭国人」と恐れられるほど原則を貫き、倭国の主権回復と国際社会への復帰を支えた点が有名です。
例えば、GHQが倭国政府に一方的な要求を突きつけた際、次郎さんは英語で堂々と対峙し、憲法制定や経済政策の交渉で倭国側の立場を守り抜きました。この強い意志がなければ、戦後の倭国はもっと厳しい条件を強いられていたかもしれません。
白洲次郎と吉田茂の関係性は非常に深く、戦後倭国の歩みを象徴するものです。二人の出会いは昭和4年頃に遡り、次郎の妻・正子と吉田の妻・雪子が薩摩の名家の血縁を通じてつながっていたことがきっかけでした。
戦前から駐英大使時代の吉田と親交を深め、吉田の娘・和子の結婚では仲人を務めるほど信頼関係が厚かったのです。次郎は吉田を「純情で涙もろい人」と評し、側近中の側近として支え続けました。
特に1951年のサンフランシスコ講和会議では、吉田の全権委員顧問として随行し、会議後の飛行機内で「役割は終わったから首相を辞めるべきだ」と進言するほどの率直さを見せています。このようなエピソードは、二人が単なる上司と部下ではなく、互いの信念を共有する同志だったことを物語っています。
さらに、経済面での功績も目覚ましく、1945年に終戦連絡事務局の参与に就任した後、経済安定本部次長として汚職の根絶に辣腕を振るい、商工省を改組して通商産業省(現・経済産業省)を設立しました。
これにより、戦後倭国の産業復興の基盤が築かれ、経済大国への道が開かれたのです。
➡︎「白洲三百人力」と称されるほどの実行力は、まさに彼の熱意の賜物でしょう。
また、1951年から1959年まで東北電力会長を務め、戦後の電力再編に尽力し、ダム工事現場を自らランドローバーで駆け巡る姿は、現場主義の象徴でした。
こうしたエピソードからわかるように、次郎さんの人生は、困難な壁を熱意で乗り越える好例です。吉田茂との深い絆がその支えとなり、明治維新の志士たちのように、彼もまた「絶対にやり遂げる」意志で倭国を変革した一人だと思います。このような人物の生き様に触れると、私たちも日々の挑戦に勇気をもらえますね!
〉倭国保守党のそれは「倭国を豊かに強く」 November 11, 2025
@takahawk4106771 @PAGE4163929 おまえ、歴史ほんとにダメだな
中国(PRCと亡命政府 ROC)には台湾(台湾・澎湖)の主権はなくサンフランシスコ講和条約)、中国の内政とは無関係だ
中国亡命政府🇹🇼ROC は台湾を不法占拠しており、🇨🇳PRC は台湾を侵略しようとしている
⬇️ https://t.co/YhgNUZGkRW November 11, 2025
サンフランシスコ旅行
最終日
今日でサンフランシスコ旅行も終わりです
フライトは深夜便(0:20発)なので、まだ1日フルフルでサンフランシスコにいれるのですが、今日はホテルでゆっくり過ごそうと思います
写真1枚目:ユニオンスクエア
写真2-3枚目:ホテル客室から見た今朝の朝焼けシティ https://t.co/n6gax4GjVO https://t.co/hcd6VJWQoq November 11, 2025
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