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鹿角市
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2025.11.29 23:00
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津軽から秋田へ向かう道のりは長い。
倭国海沿いの道を南下しながら、私はずっと胸の奥でざわめき続ける感覚を抱えていた。
それは不安でも恐怖でもなく——呼ばれているような感覚だった。
日が西へ傾き始め、群青色を帯びた空の下に広がる山間の地。
ナビの案内に導かれ、私は到着した。
秋田県鹿角市──大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)
目の前に広がるのは、整備された歩道と、静かに佇む森と草原。
その先の地面一面に、大小2つの巨大なストーンサークルが横たわっていた。
並び、繋がり、対を成す——
そのシルエットだけで、私は確信した。
「ここはただの儀式の跡地じゃない……“時間”を読み、宇宙を測ろうとした場所だ」
胸の奥が震えた。
まるで古代の思考が、時空を越えて私の心へ直接触れてくるようだった。
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●「日時計」ではなく、「世界そのものの観測装置」
遺跡の中を歩くと、説明文のひとつが目に刺さった。
夏至と冬至の日に太陽が昇り沈む方向へ、石列が正確に整列している。
私は無意識に空を見上げた。
太陽は、何千年前と同じ線を描きながら地平へと沈みかけていた。
しかし驚くべき点はそれだけではない。
・二つのサークルの位置関係
・外周の補助線のように配置された石列
・周辺の配石遺構との連動
・地形の傾斜を利用した視線誘導
それらすべてが、天体の運行を前提に計算されている。
これは時計ではない。
暦でもない。
もっと大きい。
「この場所は、“自然の運行そのものを理解しようとした知の結晶”なのだ」
私の口は震え、視界がかすんだ。
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●縄文人は、宇宙の「意味」を探していた
現代の文明は、宇宙を物理現象として解明しようとする。
けれど縄文人たちの視線は対立的ではなかった。
自然は、敵ではなく支配すべき対象でもなく、
共に生きる相手であり、意味を持つ存在だった。
太陽は、光と暖かさの象徴であり、
季節は、命が巡るリズムであり、
星の動きは、人と世界の関係を映す鏡だった。
彼らは「自然の力」を測るために計算したのではなく、
自然の“声”を理解するために観測した。
ストーンサークルは、神殿ではなく、
祈りが天と地をつなぐ観測台だったのだ。
私は思わず胸に手を当てた。
「科学と精神を同一のものとして扱っていた文明……そんな時代が本当にあったなんて」
体の奥から震えがこみ上げた。
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●サークルの中心で感じた「気配」
観覧ルートを抜け、中央の円にそっと足を踏み入れる。
守られた区域なので立ち入りは外側のみだが、それでも“気配”は十分に伝わってきた。
足元から響くようなサラサラとした振動。
風の音がやさしく耳を揺らす。
鳥の羽音、虫の声、木々のざわめき。
すべてが“ひとつの音楽”のように調和していた。
私は静かに目を閉じた。
この場所の中心に立った縄文の人々は、
太陽の光を見つめ、星の軌道を追いながら、
人生の節目や未来や、集落みんなの幸せを祈ったのだろう。
祈りは自己のためだけではなかった。
共同体のため、自然のため、世界のためだった。
それは、人間が“世界の一部である”という確信に支えられた祈り。
愛に近く、科学に近く、信仰に近く、哲学に近い。
現代の私たちが分断してしまった概念を、
縄文人ははじめからひとつとして持っていた。
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●縄文は「失われた文明」ではなく「思い出すべき文明」
遺跡をあとにするとき、私は深く息を吸った。
これまで私は、文明の発展を直線的に捉えていたのだと思う。
石器時代 → 古代 → 中世 → 近代 → 現代 ——というような。
でも、倭国の縄文文化は違った。
破壊による発展ではなく、共存による成熟を選んだ文明
争いの拡大ではなく、調和の深化。
支配の技術ではなく、つながりの知恵。
経済の成長ではなく、命の循環。
人類史の大きな流れの中で、
おそらく最も“人間らしい文明”だった。
そして今——
私たちの世界は混迷の中にある。
争い、格差、搾取、消耗、孤立。
縄文は古代の遺産ではなく、
未来へのヒントなのかもしれない。
⸻
車の中で静かに目を閉じると、
風の音と、石の残響がまだ体の奥に響いていた。
私は思った。
「この旅を、授業に変えたい。
子どもたちに伝えたい。
ただ知識としてではなく、“人類の大切な記憶”として。」
そして私は、次の目的地へ進む決意を固めた。 November 11, 2025
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