近藤勇 トレンド
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2025.11.29 19:00
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【西光寺の思い出ノートと交番】
京王線・西調布駅近くの西光寺には、近藤勇の座像があります。
幼い頃に祭りへ参加したり、甲陽鎮撫隊として出陣する途中に休息した場所とも伝えられています。
座像の横には「記念一言」を書けるノートが置かれていて、
奥まった場所にあるため気づかない人も多いかもしれません。
三鷹市・龍源寺にも同じように思い出ノートがあり、
携わった人々の温かな思いが感じられます。
ちなみに西光寺の前には交番があり、
参拝者の安全と同時に近藤勇座像を守ってくれているようで感謝しています。
私も参拝に行った際、門前で自転車で転んでしまいましたが、警察官の方がすぐに飛び出してきて、声をかけてくださいました。ご恩と感謝はいつまでも忘れません。
#近藤勇 #新選組 #上石原 #西光寺 #思い出ノート #街歩き November 11, 2025
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なんかもう、ありがとう大同生命……
大同生命が幕末にやべぇ奴らにお金を貸してくれたおかげで我々は明治維新と文明開花を迎えFGOであなたへの借金を踏み倒した近藤勇ピックアップガチャを回すことができていると言っても過言ではない…… November 11, 2025
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駒形橋(こまがたばし)は、東京都台東区と墨田区を結ぶ、隅田川に架かる橋で、現在は国道6号(江戸通り)が通っています。歴史が非常に古く、隅田川にかかる橋の中でも特に由緒のある橋の一つです。以下に時代を追って詳しく説明します。
### 1. 江戸時代以前(古代~中世)
- 駒形の地名自体は、古くから存在していました。現在の駒形1~2丁目付近は、かつて「駒形堂」(浅草寺の奥の院的な存在)や馬を飼う場所(幕府の駒場)があったことから「駒形」と呼ばれるようになったと言われています。
- 隅田川(当時は大川と呼ばれた)は江戸時代以前は渡し船で渡るのが一般的で、固定の橋は架けられていませんでした。
### 2. 江戸時代初期~幕末(1677年頃~1868年)
- 駒形橋の前身は、寛永期(1624~1644年)頃に架けられたとされる木造の橋で、当時は「駒形橋」ではなく「新吾妻橋」や単に「吾妻橋」とも呼ばれていました。
- 現在の吾妻橋の場所ではなく、少し下流(現在の駒形橋の位置)に最初は架けられていたため、紛らわしい歴史があります。
- 1693年(元禄6年)に大洪水で流失した後、1698年(元禄11年)に現在の吾妻橋の位置に「吾妻橋」が新しく架けられたため、旧位置に残った橋が「駒形橋」と呼ばれるようになりました。
- 江戸時代を通じて、駒形橋は「千歳橋」「大橋(現・厩橋)」と並ぶ主要な橋で、浮世絵にも頻繁に登場します。特に歌川広重の『名所江戸百景』に「駒形堂吾妻橋」として描かれています(ただしこれは吾妻橋側からの風景)。
- 当時の駒形橋は木造のアーチ橋で、非常に美しい曲線を描いていました。欄干には擬宝珠が付き、非常に風情のある橋でした。
- 幕末には新選組の近藤勇がこの橋で斬り合いをしたという伝説もあります(史実かどうかは議論あり)。
### 3. 明治時代~関東大震災前(1868~1923年)
- 明治維新後、1873年(明治6年)に鉄橋に架け替えられました。これが隅田川初の鉄橋と言われています。
- しかし1885年(明治18年)の大洪水で流失。
- 1887年(明治20年)に再び鉄橋として復旧しましたが、1904年(明治37年)に街路電車(東京市電)が通るようになり、幅員が狭く危険なため、1913年(大正2年)に現在の位置より少し上流に仮橋が作られ、旧橋は撤去されました。
### 4. 関東大震災後~戦前(1923~1945年)
- 1923年の関東大震災で、仮橋も被害を受けました。
- 震災復興事業の一環として、1927年(昭和2年)に現在の駒形橋が完成しました。
- 設計:東京市復興局(震災復興の象徴的な橋の一つ)
- 構造:ドイツ製の鋼鉄を用いたゲルバー式鈑桁橋(当時としては最新技術)
- 特徴:震災復興橋梁の典型で、非常に重厚で美しいアーチ状のデザイン
- 長さ:約148m、幅:約22m
- この橋は「復興六橋」(永代橋・清洲橋・相生橋・蔵前橋・駒形橋・吾妻橋)のひとつに数えられ、現在もその姿をほぼそのまま残しています。
### 5. 戦後~現在
- 第二次世界大戦の東京大空襲でも焼け残った数少ない橋の一つです(鋼鉄製だったため)。
- 1964年の東京オリンピックに向けて、国道6号の交通量増加に対応するため、上下線を分離する形で歩道橋が増設されました(現在の特徴的な二層構造の由来)。
- 1993年~1997年に大規模な耐震補強・補修工事を行い、ほぼ創建当時の姿を保ちつつ現代の耐震基準を満たすようになりました。
- 2007年には土木学会選奨土木遺産に認定。
- 2012年には国の重要文化財(建造物)に指定されました(震災復興橋梁として現役の道路橋で初)。
### 現在の駒形橋の特徴
- 浅草側(台東区側)のたもとに「駒形どぜう」の老舗があり、橋の名前とどじょう料理が結びついて有名。
- 橋の上から見るスカイツリーと浅草寺の眺めが絶景。
- 夜間はライトアップされ、復興橋梁特有の重厚な美しさが際立つ。
- 歩道が上下二層になっている珍しい構造(上層が歩行者専用)。
### まとめ
駒形橋は、江戸時代から続く歴史を持ち、明治の鉄橋、震災復興の鋼橋、そして現在まで現役で使われているという、倭国でも稀有な「生きている歴史遺産」です。特に1927年竣工の現在の橋は、関東大震災からの復興の象徴であり、デザイン・技術・歴史的価値の全てにおいて極めて高い評価を受けています。
浅草観光の際に、ぜひ橋の上を歩いて、その重厚な存在感と歴史の重みを体感してみてください。 November 11, 2025
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#天然理心流 の #試衛場(館)があった地に建つ神社。このあたりで、#近藤勇 や #土方歳三、#沖田総司 などが、汗を流していたということですね。
説明が書かれたものが草に埋もれようとしています。あちこちをうろうろしていますが、こういう光景はあまり目にしないだけに、少し悲しくなりました。 https://t.co/pCHx0wOBzM November 11, 2025
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