見本市 トレンド
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2025.12.07 02:00
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高校3年生、進路に迷っているとき、父から声を掛けられる
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「よかったら一緒に仕事をしないか…?」
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両親が経営していたのは靴の下請け工場
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モノづくりが好きだったので二つ返事で受諾
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専門学校で学び、3年間の修行を経て、家業の町工場に
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入社して間もなく、帳簿を見て愕然…
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朝から晩まで慌ただしく働いていた両親だが、
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実際は多額の借金経営…
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生活費も借り入れを切り崩しながら生計を立てている状況
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更に追い打ちをかけるように、衝撃的な出来事が…
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売上を大きく依存していた親元メーカーからの突然の契約打ち切り
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「これからは、すべて中国製に切り替えさせていただきます」
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事実上の下請け切り
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工場経営は一気に傾き、絶体絶命のピンチに!?
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メーカーに依存した自転車操業
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このまま先の不安定な下請けで食いつなぐ毎日でいいのか…
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活路を見出すには、オリジナリティのある靴づくりができるメーカーになるしかない!!!
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翌日から早速、メーカーとして自社製品の製造販売に取り掛かる
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しかし靴業界の悪しき慣習が立ちはだかる
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新商品を出してもすぐにコピーされ、次シーズンには競合から似たような商品が安価で次々発売されてしまう
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コピーされたことを嘆く自分の姿に嫌気がさす
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「もう…誰かのせいにして生きるのはやめよう」
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「コピーされても、ビクともしないブランドを作り上げるしかない!」
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長くいいものを履いてもらいたい!
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倭国で古くから親しまれている履物って何だ!!
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倭国…古来…履物………下駄…下駄はどうだ!!!
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下駄を科学的にしらべてみると、とても優れた機能性がある
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これだ!!!
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下駄を現代風にリバイバル
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RE-下駄で ”リゲッタ” と命名する
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苦難の末、2005年1月についに発売!
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展示会でも大きな存在感を示し、大手量販店から一気に7,000足もの発注を獲得
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しかも納品したすべてが、わずか2週間で完売!
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「来年はもっと発注するので体制を整えといてくださいね」と言われる
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翌年、待てど暮らせど連絡がない
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バイヤーに連絡しても返事がない
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嫌な予感を抱きながら、恐る恐る売り場に行くと、
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案の定、ディスカウントされたコピー商品がズラリと並んでいる
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その光景を目にし、完全に心が折れる
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人間不信となり、やる気をなくしていたそんな時、
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ある靴の展示会で出会った社長さんの一言で人生が変わる
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「こんなにいい靴を作っているのに、出展する展示会を間違えてないかい?」
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コピーされるのが当たり前の靴業界の展示会に出ている自分が悪いんだ
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こんなところで勝負している自分が悪いんだ
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これまでは靴業界の展示会に出展するのが当たり前だと思っていた
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それからは倭国最大の見本市「ギフト・ショー」を中心に他分野の展示会に出展
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いままでチャレンジしてこなかったカタログギフトやネット販売にも挑戦
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テレビ通販も積極的に推し進める
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これが大当たりし、順調に売上伸ばしていく
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テレビ通販で紹介されるようになる頃には会社はパンク寸前
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作っても間に合わないほど売れに売れる
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その後、リゲッタだけでなく複数のブランドを展開
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入社時に2億円だった売上は20億に迫る勢いまで成長
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小さな小さな家族経営の下請け町工場から、世界が認める靴メーカーへと華麗な転身を遂げた
「歩くことも大事ですが、時には立ち止まり足跡を確認しながら、ひとりでも多くの『楽しく歩く人』を増やせるようにこれからもチャレンジし続けることを約束します」
そう話すのが、
株式会社リゲッタ
代表取締役 高本 泰朗さん! December 12, 2025
3RP
郷に入っては郷に従えってのは、根性論じゃないんだよ。最低限の安全装置。これが外れるとどうなるか。みんなが自分ルールを持ち込んで、駅前が私の正義の見本市になる。そりゃ揉めるわな。で、いまSNSで飛び交ってるのが、土葬を用意しろ、給食に豚肉入れるな、モスク作れ、女性医師を増やせみたいな要求の束。
これ、お願いの顔してるけど、受け止め方を間違えると慣習の書き換えを意味する。
勘違いしちゃいけないのは、ここで争点は誰それの信仰じゃない。
争点は 公共 なんだよ。
税金で回ってる学校、病院、行政、治安。
つまり全員の共有物。
公共のルールは、原則ひとつでいい。
法律と憲法と地域の合意に従う。
それ以外は、個人の自由でやればいい。
たとえば給食。
本人が信条で食べないのは自由。
でもそれを理由に「全員のメニューを変えろ」は、もう多文化じゃなくて多数への強要だよ。
配慮ってのは選択肢を増やす方向であって、他人を縛る方向に使った瞬間に、ただの支配になる。
土葬も同じだよ。
土地も衛生も管理も、地域が背負う。
だから、やるなら場所、費用、管理責任、住民合意をセットで語らなきゃだめだよ。権利だろだけで通るほど、倭国の自治って軽くない。
女性医師の話もさ。
気持ちは分かるよ。
恥ずかしい、抵抗がある、って人はいる。
倭国人女性だってそういう人はいる。
でも「だから制度として増やせ」って言い方になると、医療の現場が信条別の注文票になっちゃう。
できる範囲で配慮はする。
でも最終的に守るべきは、患者全体の救える命と現場の持続性だろ?
結局ね、多文化共生って言葉が左派にとって便利すぎて、免罪符になってんだよ。
共生ってのは相互だぞ?
片方だけが「変えろ」「合わせろ」を連打して、もう片方が「差別って言われたくないから黙る」
これ、共生じゃない。片務契約じゃないかしら?
なんで外から入ってきた人たちに合わせて自分たちの文化を捨てて我慢しなきゃいけないの?
数の力でどうにかできると思ったら大間違いだよ。倭国をなめるな!っていいたい😂 December 12, 2025
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