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瞬きもせず
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2025.12.12 22:00
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「その瞳。走るワタシを見ているときの瞳……無邪気で綺麗な瞳」
彼女の言葉に、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃が走る。 テレビの人工的な明かりに照らされたスティルインラブの瞳は、揺らぐことのない深い紅(あか)色で俺を射抜いている。 その瞳の奥には、いつもの穏やかで献身的な彼女ではない――かつてターフの上で空腹を満たし、勝利することを渇望し、鬼気迫る走りで他を圧倒した内なる紅が潜んでいた。
俺は言葉に詰まりながら、ふと、心の奥底に沈めていた想いが浮上するのを感じていた。 もしも、もしも『あのとき』。何度も思い返していたことがある。
金鯱賞の後。彼女が走り続けると心変わりしたときに、俺が承諾していたら。彼女が金鯱賞の後も、走り続けていたとしたら……。
『最強の大王』や『英雄』と呼ばれた歴史的なウマ娘たちの影に隠れることもなく、スティルインラブはもっと愛されていたのではないか。 彼女の誇り高い走りを、もっともっと世に知らしめられて。彼女だったらきっと、あのウマ娘達にも手が届いたのではないか。 「もしも」を夢想してしまうのは、俺が誰よりもスティルインラブの走りに魅せられていたからだ。
「……スティルインラブは、もっと愛される。君とどこまでも駆け抜けられたなら……」
ポツリと、心の声が漏れ出た。 それは間違いなく本音だった。
「――」
その言葉を聞いた瞬間、瞳の奥の紅がいっそう濃く輝き、内なる紅は口角を上げる。
『ほら。あの方も望んでいるわ。もっと走れと。もっと走る姿が見たいと』 本能の声が、彼女の心を侵食しようとする。彼女の指先が震え、浴衣の裾を握りしめる力が強くなる。
「……でも」
俺はその空気を断ち切るように、強く言葉を継いだ。
「……でも?」
怪訝そうに首を傾げ眉を寄せる。
「あの後も君と一緒に居て。二人でいろいろなことをして。……この『やりたいことリスト』も、一つずつ埋めて」
俺はテーブルの上に置かれた彼女の手帳に視線を落とし、それから、真っ直ぐに彼女を見つめた。 海ではしゃぐ無邪気な笑顔。髪を乾かされて嬉しそうにする表情。同じ布団に戸惑い赤面する姿。 普通の少女のように過ごす、そのどれもが、愛おしい「今」だ。
「……俺は "こっちを" 選んで、ずっとずっと幸せだったよ。これからも。……君といられれば幸せだ」
「……」
部屋に、静寂が満ちる。 波音だけが響く中、スティルインラブは瞬きもせず、俺を見つめていた。 瞳の奥で、激情と安堵が激しく渦巻いている。
「……走るワタシを、もう見られなくなってもいいの?」
彼女が問う。 それは、内なる紅自身の存在意義を問うような言葉だった。
「見たくないといえば、嘘かもしれないけど」
俺は苦笑して、偽らざる本心を告げる。
「走る君も、走らない君も、スティルインラブだ。俺の中心に、君がいる」
『内なる紅』が、ふっと柔らかく、どこか満足げに笑った気がした。『内なる紅』の気配が霧散し、次の瞬間、彼女の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……う、ぅ……っ」
「スティル……?」
「……貴方が一番幸せでいられるのは、私が走り続けることだと思っていました。私が向けられたい眼差しは……感情は、それじゃないと思っていました」
彼女は涙で濡れた顔を覆うこともせず、切なげに、けれど幸福そうに微笑んだ。
「でも、今は……その優しさが、心から嬉しい」
彼女の言葉に、俺はたまらず手を伸ばした。 華奢な肩を引き寄せ、強く抱きしめる。 浴衣越しに伝わる体温はもう冷たくない。震えているのは不安からではなく、溢れる想いを止められないからだろう。
「……もう、離さないよ」
「はい……。私も、貴方を離しません……」
腕の中で、彼女が俺の背中に手を回し、しがみつくように力を込める。 過去の幻影も、未来への不安も、今の確かな体温がすべて溶かしてくれた。 俺たちはただ、互いの存在を確かめ合うように、深く寄り添い合った。 December 12, 2025
みんなのおかげで、瞬きもせずオリジナルラッピングのサイネージが計10箇所に設置されましたー🥹❣️
本当にありがとう嬉しいT T♡! https://t.co/lh1Rod4hYP December 12, 2025
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